koki ito

山下達郎バンドの不動のベース・プレイヤー伊藤広規、お久しぶりのソロ・アルバム。資料では、12年ぶりというコトになっているが、ソロ作の他にも手を替え品を替え名を変えながら、結構な枚数のプロジェクト作品やプロデュース・アルバムを自主レーベルから出している。なので、12年前のソロ作がどれを指しているのかもよく分からないほどだが、ライヴ音源も多いし、アルバムを作り込むタイプの人でもないので、あまり構えずに接するのが良いではないか。

全12曲収録だが、実際は80年代終盤から作り溜めていた楽曲と、比較的新しい楽曲の中からの選りすぐり。うち4曲は、達郎バンドのみならず あらゆるセッションでリズム・コンビを組んでいた盟友:故・青山純のドラム・トラックを使って仕上げている。中でも青純が遺したドラム・トラックにギターとベースを後からハメ込んだ時空セッション<Unforgettable Future ~ A*I with O>と、達郎バンドに加入して間もない80年にカセット・レコーダーに録っていたという青純とのリズム・セッション<A*I Groovy Games”YASAGURE”>は、とても貴重な記録。A*I とはまさに青山・伊藤で、彼らは12年に『A*I』という2人だけで作ったセッション・アルバムを出している。“with O” の“O” は、浜田麻里でお馴染みのギタリスト:大槻啓之。

残りの青純トラックは、曲名通りのトリップ感が流れる<Driving Music>と<Girl from the Far East 〜雅の郷に~>。この2曲のギターは松下誠だ。広規さんと誠さんもなかなか深い付き合いで、アンビエント系プロジェクトのNEBULAや、その発展系であるFUTURE DAYSでのリリースがある。

そうかと思うと<Blue Sky in ADACHI>は、シンプルなロック・インスト。ドラムに四人囃子の岡井大二、ギターに北島健二。大二さんはライナーも寄稿していて、最近は一緒にKoki TetragonとかGold Rockなんてユニットを組んでいる。ラウドなドラムでレッド・ツェッペリン風にスタートする<The Road of Wild Wind 〜Route299>も、同じトリオでの録音。実は広規さんは森園勝敏ともいろいろなプロジェクトを組んでいて、<Homeward Strut>とジェフ・ベックのカヴァー<The Pump>は、森園・向山テツと組んでいたTHLEE OF USの神戸チキン・ジョージでのライヴ(2010年7月録音)からの収録だ。

長きに渡って達郎バンドのボトムを支えてきた、というと、イメージ的に『IT'S A POPPIN' TIME』の頃のラインナップ(松木恒秀・岡澤章・村上ポンタ秀一、坂本龍一・土岐英史)のようにジャズもバリバリののイメージがある。でも広規さんや青純が参加した頃のラインアップは、難波弘之に椎名和夫(元ムーンライダース)と、みんなロック出身者。きっとタツロー氏は、ロックのスピリットでポップスやファンクをプレイできるミュージシャンがお好みなのだろう。それが現在の達郎バンドにも引き継がれている。

…というワケでこのアルバムも、シッカリとした計画に裏打ちされたポップ・アルバムや、スクエアでウェル・プロデュースドなインスト作を作っている感はまるでなく、いい意味で取っ散らかった、型にハマらない奔放なアルバム。ある意味で、譜面の行間だけを紡いでいったような、ノリの良さ(グルーヴというより遊び心や悪ノリを含めての…)でできている。そして野に放たれている分、ベース・プレイも自由でゴリゴリ。そこを面白い!と感じられる懐の深さがないと、よく分らない印象のアルバムで終わってしまうかもしれない。でも広規さんや共演者たちの心意気をストレートに受け入れられたら、このアルバムは間違いなく『's WONDERFUL』になる。