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ブルー・アイド・ソウル系AORの好グループ:ファラガー・ブラザーズが、ザ・ファラガーズと改名してリリースした79年の通算4作目が、韓国Big Pink製の紙ジャケで世界初CD化。その国内流通盤が、昨日紹介したニールセン/ピアソン同様、拙監修【Light Mellow's Choice】から間もなく発売となる。ただしグループ名を改称したように、音楽性もドラスティックにギア・チェンジ。グルーヴィーだったりメロウだったりの愛すべきAORスタイルから、いきなり商業性を高めたポップ・ロックに擦り寄っている。好みの問題はともかく、彼らに一体何が起きたのだろうか?

メンバーは、ペパーミント・トローリング・カンパニー〜ボーンズと前身時代から一緒に成長してきたダニー(kyd, vo)とジミー(g,vo)の上の兄弟2人と、ファラガー・ブラザーズになってから参加したトミー(kyd,vo)、デイヴィー(b)という結成ラインナップの4人、そして3rdアルバム『OPEN YOUR EYES』からに加わったパミー(vo)、マーティー(ds)という総計6人である。デイヴィーは現在エルヴィス・コステロのジ・インポスターズに在籍するなど活発な活動を続けており、トミーも楽曲提供や各種サントラに参加。コステロ作品に助っ人参加するコトもある。そして今年2月には、次世代ファミリーも参加した9人体制で突然のリユニオン・ライヴを開催。2日間限定の再結成だったが、その模様はライヴ・ストリーミングでオンエアされたようだ。

90年代以降のレア・グルーヴ・シーンで再評価されたファラガーBros.も、オンタイムでは『OPEN YOUR EYES』から全米50位をマークした<Stay With Me>が唯一のヒット。それで味を占めたか、それまで培ったブルー・アイド・ソウル路線を切り捨て、当時の最先端の音を取り込むカタチで大衆化に向かった。実際はまだビー・ジーズやドゥービー・ブラザーズ、ルパート・ホームス、ロバート・ジョンらがチャートを賑わせていたから、『OPEN YOUR EYES』の流れを踏襲するのが無難な選択だったと思うが、年少組が加入したタイミングでもあり、グループのイニシアチヴを握りつつあったトミーやデイヴィーは、まさに全米を覆おうとしている最新の動向に目をつけた。

それが、<My Sharona>のザ・ナックである。彼らは78年にハリウッドで結成され、すぐにデビュー・ギグを行なって注目を浴び、大手レーベル争奪戦の末、79年6月にデビューした。そして<My Sharona>は瞬く前に全米No.1を獲得。そのザ・ナックを手掛けたマイク・チャップマンは、パット・ベネターもプロデュース。同じようなタイミングで、リンダ・ロンシュタットは『MAD LOVE(激愛)』でエルヴィス・コステロの曲を歌い、新しいウエストコースト・ロックを提示した。そうしたシーン変革の胎動を、トミーやデイヴィーはいち早くキャッチしていたのだ。そしてそれを年齢や経験に差のある長兄たちもいるファミリー・バンドで実現しようとトライしたのが、この4作目と言える。

だから、従来の彼らがお好みならば、ポップなリフの<Mystic Eyes>、バウンシーな<Those Days Are Gone>、フォー・トップスを思わせる勇壮な<No One Is Nowhere>あたりのロッキン・ソウルがイイだろう。対して<Say When>や<It's About Time>は、完全にザ・ナック・スタイル。パミーが歌う<I Want The Truth>はパット・ベネター。もっとも彼女が歌うなら、これまでにないスケールで聴かせるミディアム<Stop The Parade>の方がベターだけれど。

このアルバムを出した新生ファラガーズは、プロモーションでL.A.中のナイト・クラブを隈なく回ってライヴを行なったとか。元々ライヴ経験が豊富な彼らのこと、ダイナミックなステージは大いにウケ、かつてないほどの熱い支持を受けたらしい。ところがレーベルが非協力的で、その人気は全米規模には広がらなかった。失望した彼らは活動停止を宣言、本作が兄弟たちの最後のアルバムに。もはや純粋なAORとは言えない作品だけれど、言わばAORシーンの凋落を象徴するような、熱血ブルー・アイド・ソウル・バンド最後の記録だった。