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300ページまで膨らんだ『AORライトメロウ プレミアム02 〜Golden Era 1976-1983』の校正をしながら聴いていたのが、このテデスキ・トラックス・バンドの4部作『I AM THE MOON』シリーズ。以前からシングル・リリースを3〜4ヶ月連続で、というパターンはあったし、デジタル・リリースが当たり前の時代になってからはその頻度も格段に増えた。でも流石に、フル・アルバムを4ヶ月連続で、というのは前代未聞。コロナ禍のステイ・ホームで誰もが時間を持て余していたからこそ制作できた、という特殊事情があったにせよ、10人を超える大所帯バンドがキッチリ足並みを揃え、一丸となってひとつの作品/コンセプトに向かったのはスゴイこと。ファンやレコード会社に対する彼らの訴求力も大したモノだけれど、メンバー同士の信頼感、特にデレク・トラックスとスーザン・テデスキの求心力がスゴイのだろう。

これだけの一大プロジェクトなのに、各アルバムにはそれほどの力感はなく、むしろ淡々と程良く脱力していて取っ付きやすい。4枚組で出したら誰もが圧倒されただろうが、同じ2時間超でも、30分程度に分割されて提示されると、こちらも集中して聴くことができる。それが4枚並ぶと、4枚組1セットよりも返って満腹感が出るという寸法。禍転じて…じゃないが、とても素晴らしいアイディアだ。そして各アルバム共に、最初はあっさりめに聴かせ、聴き進んでいくと徐々に濃ゆい曲へと流れ着いていく。

既にご存知の方も多いと思うが、このプロジェクトは、12世紀のペルシャで生まれたニザーミーの恋愛詩『ライラとマジュヌーン』をモチーフにしたもの。この物語は、ロック・ファンにはエリック・クラプトン『LAYLA』の元ネタにもなっていたことで知られていた。『LAYLA』をリメイクしたライヴ・アルバムを作って再成功した彼らだから、ニザーミーの原詩を深掘りすることは当然のことに思える。でもロック・ダウン中のメンバーたちが、それぞれ離れたところにいても同じテーマに取り組み、曲を作ったり歌詞を考えて時間を共有したのが心をひとつにさせた。まさに生まれるべくして生まれた傑作と言ってイイだろう。

個人的に嬉しかったのが、2019年2月に急逝したコフィ・バーブリッジの後任ゲイブ・ディクソンが、かなりの存在感を発揮していること。彼が21年に出したソロ・アルバム『LAY IT ON ME』は、拙監修【Light Mellow Searches】で国内盤をリリースしているが、これを初めて聴いた時は、ゲイブのデテスキ・トラックス加入は知らなかった。それこそ、「コレは日本で出す価値あるなぁ〜」と思ってゲイブについて調べていて、デテスキ・トラックス参加を知ってビックリ、だったのだ。このプロジェクトのメイン・テーマ<I Am The Moon>も、まさにゲイブが持ってきた曲。スーザンはそれを聴いた途端に夢中になったとか。デレクもこの曲を聴いてプロジェクト全体のコンセプトが固まったそうで、新人の書き下ろしがグループの行方を左右したことになる。デテスキ・トラックスが次に来日した時は、スケジュールの間隙をついて日本でソロ・ライヴを演りたい、そんな気持ちを持っているらしい。コフィはバンドにとってかなり重要なポジションにいたから、他のメンバーの喪失感は深かったはず。でもゲイブ加入でその穴が埋まっただけでなく、PCR検査を施した上でのバブル方式合宿レコーディングで、新編成のバンドの絆が深まった。ベッドルームから世界的ヒットが生まれる時代に、そういう70年代のようなレコーディング・スタイルを採ったことが、バンドの結束を高めた。これも言わばコロナ禍ゆえ。やはり何事もポジティヴに進めれば海路は開ける、というコトだろう。

4枚のアルバムはそれぞれ、 Crescent、Ascension、The Fall、Farewell というサブ・タイトルが掲げられたが、これはジョン・コルトレーンの名作タイトルを意識したとのこと。ヴォリュームがあるからか、彼らのルーツをストレートに表現した部分もあって、いつになくオールマン・ブラザーズ・テイストが強いトラックやニューオリンズっぽい楽曲も。一方でサザン・ロックの醍醐味よりスピリチュアルな面が強かったりして、バンドの深化を匂わせる。当プロジェクトの提案者マイク・マティソンのヴォーカルに、デヴィッド・ボウイの影響が大きいことも改めて。デレクのギターの好調さは、昨今のギター・ソロ不要論を嘲笑うかのようだ。

今後、4枚セット2時間をぶっとして聴く機会などそう持てないと思うが、それを何度か繰り返してやったからこそ、見えてきたことも多々。やっぱり音楽は底深い。サブスクでAI任せでヒット曲ばかり聴き漁っているのは、お宝の前を素通りしているようなモノです。