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mimiこと宮本典子の78年デビュー作『PUSH』が、約10年ぶりに高音質デジタル・リマスタリングで完全復刻。最近はDJ流れで海外でも注目されているらしく、今夏、海外プレスでBBE Musicからアナログがリリースされた。その時の復刻CDも輸入盤国内仕様で流通していて、ちょっとヤヤこしいが、こちらは現在 原盤権を持っているクリンクからの発売。オリジナル・リリース元のユピテルは、とうの昔に音楽事業から撤退してしまっている。

当時の名義は、宮本典子with鈴木勲。つまり、mimiの代名詞であるR&Bモノではなく、ジャズ寄りのデビューだった。オマさんの愛称で親しまれる鈴木勲は、渡辺貞夫や松本英彦のグループで活躍し、菊池雅章、ジョージ大塚ともプレイしていたジャズ・ベースの重鎮。70年には来日したアート・ブレイキーに見い出され、渡米してジャズ・メッセンジャーズにも参加していた。ベースだけでなくチェロもプレイし、作編曲、プロデューサー、バンドリーダーとして日本のジャズ界を支え、若い才能の発掘・育成にも注力してきた。

mimiも、東京の伝説的ディスコ:MUGENでソウル・シンガーを目指して歌っていたが、ちょうどバンドが解散しようという時期にデモ・テープが鈴木勲の耳に留まり、鈴木勲ソウル・ファミリーへ加入。この頃 彼女がよく聴いていたのは、マリーナ・ショウやディー・ディー・ブリッジウォーター、パティ・オースティンなど。日本でも笠井紀美子や中本マリが注目され始めた時期である。そしてソウル・ファミリーで歌い始めた1年後、鈴木からソロ・デビューを勧められた。

プロデュースはもちろん鈴木勲で、リズム・セクションにはソウル・ファミリーの面々、若き日の笹路正徳(kyd)や秋山一将(g)らが参加。ベースもメインは樋口達彦(桑田佳祐・渡辺美里・東儀秀樹らをサポート)のエレキ・ベースで。鈴木はウッド・ベースとピッコロ・ベースをプレイし、アクレッシヴなリード・パートを担っている。

収録曲は、鈴木の楽曲が中心。現在 圧倒的な人気を誇っているのは、メロウ・ミディアムの<My Life(やりかけの人生)>だ。笠井紀美子が77年の名盤『TOKYO SPECIAL』で日本語で歌っていたもので、鈴木自身のススメで英語詞で歌うことになった。タイトル曲<Push>は、mimi自身が歌詞をつけたもので、思い入れが深いそう。<Cadellac Woman>は、鈴木の77年のリーダー作のタイトル曲。そこでは渡辺香津美やシダー・ウォルトン、ビリー・ヒギンズらと録音していたが、ここではmimi用に新たに歌詞を付けている。

ジャズ・スタンダード系は<Everything I Have Is Yours>と<Stella By Starlight>と2曲。でも後者は7分近いインストで、何とビックリ、mimiの出番はない。これはmimiのみならず、ソウル・ファミリーの若手ミュージシャンにもチャンスを、という鈴木の親心だろう。しかしそのオマさんも、今年3月に鬼籍へ。それでも強く主張するベース・プレイは、新人mimiのヴォーカルをアピールするべく最大限の貢献を果たしている。

気がつけば、彼女のようにジャズもソウルもポップスも歌えるヴァーサイルな実力派シンガーって、ホントいなくなってしまったような…