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既報の通り、高橋ユキヒロが亡くなった。2020年8月に脳腫瘍の摘出手術を受け、手術は成功。しかし翌年6月に更なる病変が見つかり、闘病を続けることに。昨年9月には、音楽活動50周年を記念したライヴ・イベント『LOVE TOGETHER 愛こそすべて』を開催。多数のゲストと共に当人も出演を目指したが、体調回復は思わしくなく、「懸命にリハビリを続けていますが、思ったよりも時間がかかりそうです」と、コメントを寄せるに終わっている。最近は軽井沢の別荘で静養していたが、誤嚥性肺炎を悪化させて11日に帰らぬ人に。15日になって死亡が公表された。享年70歳。

ユキヒロさんというと、個人的にはサディスティック・ミカ・バンド〜サディスティックスから、ソロ前期と初期YMOの印象が強い。初めて彼を意識したのは、ミカ・バンド『黒船』の<黒船(嘉永六年六月二日)>のドタバタしたパワー・ドラムに衝撃を受けて。後年のストイックなドラミングとはまるで別人だけど、あれはプロデュースを務めたクリス・トーマスに「ドラムにコンプレッサーをかけるとパワーが増す」と教えられ、嬉々として作ったものらしい。

加藤和彦・ミカ夫妻の離婚で、残ったメンバーで組んだサディスティックスは、ユキヒロ氏自身あまり気に入ってなかったとか。それでも最後のライヴ・アルバム『LIVE SHOW』は、村上ポンタ秀一とのダブル・ドラムスで、ドラマー:ユキヒロ氏の個性が際立つ仕上がりになっている。一方その頃には、もう初ソロ・アルバム『SARAVAH!』の制作を開始。当時の最先端機材だったポリフォニック・シンセを使って、坂本龍一のアレンジでエレガントなワールド・ミュージックを作っていた。その直前に加藤和彦『ガーディニア』のセッションに参加した影響が窺えるし、<Elastic Dummy>は山下達郎&吉田美奈子のコーラスを従えたファンク・フュージョン。初めて本格的にヴォーカルを取ったため、歌に関しては試行錯誤の感アリで、それが後に再訪盤『SARAVAH SARAVAH』を作る動機になったそう。自分的には、幸宏ソロではコレは一番シックリくる。アルバム・タイトルは、ピエール・バルーが映画『男と女』で歌っていた<サンバ・サラヴァ>から拝借したそう。ズバリその意は「祝福あれ!」。

そしてこの頃には、既にYMO構想が動き出している。この訃報でも、世間的な枕詞は、「テクノ・ポップを生んだイエロー・マジック・オーケストラの…」「<Rydeen>が書いた…」。そりゃあ確かに間違いないけどね。だけど自分が最初にYMOに触れた時には、まだテクノ・ポップなんて呼称はなかったし、YMOも “異形のクロスオーヴァー・バンド” という扱いだった。でも2作目『SOLID STATE SURVIVOR』が爆発的に売れて、テクノがファッションやヘアスタイルと結びついて一大現象に…。成功の代償は大きく、あまり良い思い出はなかったようで、海外で過ごす時間が多くなった。

近年のソロでは06年作『BLUE MOON BLUE』、13年作『LIFE ANEW』あたりを繰り返し聴いた気が。でもやっぱり自分は、ストイックな縦ノリ・ビートを得意とするドラマー:高橋幸宏に愛着があるんだな。

お疲れ様でした。どうぞ安らかに…