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作曲の巨匠バート・バラカック逝く…の報に、音楽系メディアや音楽ファンのSNSは埋め尽くされている。もちろん自分もその報を早々にアップしたが、今回は少し気を鎮めて、自分の第一義であるAOR的見地に立って、その目線で80's中心にバカラックの名曲をサクッと振り返ってみたい。

バカラックの名作曲家としてのキャリアは、いくつかの時期に分けられる。最初がご存知、作詞家ハル・デヴィッドと組んで多くのヒットを生み出した60〜70年代初頭。ディオンヌ・ワーウィック、カーペンターズ、B.J.トーマスらに多くのポップ・スタンダード的名曲を提供し、それが今の名声に繋がっている。

ところが70年代になってロックが台頭してくると、オーケストラをバックに歌うようなポップスの人気が次第に低迷。バカラックの仕事にも暗い兆しが現れた。そこから復活したのは、作詞家キャロル・ベイヤー・セイガーとの出会いがキッカケ。彼女は60年代から作詞を始め、早くも65年にマインドベンダーズ(10ccの前身)に提供した<The Groovy kind Of Love>で全米2位のヒットを出していた(88年にフィリ・コリンズがカヴァーして全米首位)。70年代に入ってもメリサ・マンチェスターやピーター・アレン、ヘレン・レディ、レオ・セイヤー、アルバート・ハモンドらと曲を書いたり、ヒットを飛ばしたり…。77年には『CAROLE BAYER SAGER』でソロ・デビュー。78年『...TOO』ではデヴィッド・フォスターと共作した<It's A Falling In Love>が注目された。これはマイケル・ジャクソンやディオンヌ・ワーウィックに歌われ、松原みき<真夜中のドア>の引用元にもなっている。

その頃、バカラックのアルバム『WOMAN』(79年発表)のリリース・パーティーに招待され、当人に邂逅。まもなくキャロルはバカラックから、“私の曲に詞を書かないか?”と電話で誘いを受けている。しかし彼女は、「私とは世界が違うと思ったので、そのまま放っておいた」とか。ところが、その後偶然にもTV番組で一緒になり、バカラックが再度コラボレイトを申し込んで、それが縁となってデートを重ねるように。その蜜月時代に制作したのが、キャロルのソロ3作目『SOMETIMES LATE AT NIGHT(真夜中に口づけ)』。収録曲<Stronger Than Before>は彼女のソロ・キャリア一番のヒット(全米30位/ Adult Contemporary Chart 14位)になって、チャカ・カーンやディオンヌ、ジョイス・ケネディらがカヴァーしている。

同時に『SOMETIMES LATE AT NIGHT』は、すべての楽曲をシームレスに繋げた、愛がテーマのコンセプト・アルバム。その成功に気を良くしてか、バカラックは単に曲を書き下ろすだけでなく、キャロルと一緒に書いた曲をトータル・プロデュースするようになっていく。かくしてバカラックはキャロルと3度目の結婚。キャロルも再婚だった(本名Carole Jill Bayer。最初のご主人の名がSager)。AORファンが馴染みのあるバカラック第2の黄金期は、まさにここから始まった。

かくいう自分も、70年代前半に洋楽に入ったクチ。ビートルズ以降はハード・ロックとプログレに明け暮れる中高生時代だったから、ロックとポップスは別モノと捉えていた。だからバカラックの名前は知っていても、自分とは縁がないモノだと思っていた。そうした意識を変えてくれたのが、キャロルの『SOMETIMES LATE AT NIGHT』であり、ルーサー・ヴァンドロスのデビュー盤『NEVER TOO MUCH』で取り上げられた<A House Is Not A Home>のカヴァー、そしてクリストファー・クロス<ニューヨーク・シティ・セレナーデ(Arthur's Theme)>だった。

<ニューヨーク・シティ・セレナーデ>は映画『ミスター・アーサー』の音楽を担当することになっていたバカラックが、デビュー間もないクリストファー・クロスの歌声に惚れ込んで、「私やキャロルと曲を書いてみないか?」と誘ったもの。クリスがグラミー5部門を輝く前の年の話だ。そして歌詞の印象的なフレーズ、“When you get caught between the moon and New York City”は、キャロルとピーター・アレンが書き溜めていた未発表曲の中に眠っていた。4人が知恵を絞ると、わずかひと晩かふた晩で、この名曲が完成してしまったという。そしてマイケル・オマーティアンのプロデュースでレコードになると、81年10月に3週連続で全米トップ。そしてクリスは、グラミーに続いてアカデミー最優秀主題歌賞を獲得し、新人としては異例の快挙を成し遂げた。

続いてバカラック&キャロルが音楽を担当したのが、映画『NIGHT SHIFT』。クォーターフラッシュのタイトル曲を筆頭に、アル・ジャロウやポインター・シスターズらの新録曲をフィーチャーしたAOR好き必聴のサントラだが、その目玉がロッド・スチュワートが歌う<That's What Friends Are For(愛のハーモニー)>だった。2人はロッドのヴォーカルに満足していたが、レコード会社はおとなしすぎると判断して、シングル・カットせずじまい。そこで2人はディオンヌ・ワーウィックからプロデュース依頼を受けた際に、この曲を提案し、スティーヴィー・ワンダーとのデュエットで最初のレコーディングを行なっている。ところがその時エリザベス・テイラーがスタジオに遊びに来ていて…。そこでキャロルが、リズがエイズ・チャリティーに熱心なのを思い出し、この曲をそのチャリティーに使ってはどうかと提案。全員がそれに賛同し、ならばシンガーを追加しようと、ディオンヌがグラディス・ナイトをリクエスト。ディオンヌ所属のアリスタ総帥クライヴ・デイヴィスがエルトン・ジョンに声を掛け、素晴らしいヴァージョンができ上がった。この曲は86年初頭に4週全米首位。ロッド版も悪くはなかったが、ちょっとケタ違いの完成度になった。

そしてこの半年後に全米トップに立った(3週)のが、パティ・ラベルとマイケル・マクドナルドのデュエット<On My Own>である。パティのアルバム『WINNER IN YOU』に書き下ろされた新曲。でも最初はリチャード・ペリーがプロデュースすることになっていて、実際にレコーディングまで行われたらしい。でも彼のテイクはOKが出ず、結局作曲したバカラック夫妻の手に。マイケル起用はキャロルの発案で、デュットにも関わらず歌入れは別々。PV撮影時もスレ違いのままで、パティとマイケルが顔を合わせたのは、曲がチャート首位に立ってTVに一緒に出演した時、というエピソードが残る。この<On My Own>と一緒にパティのアルバムに取り上げられた<Sleep With Me Tonight>は、バカラック夫妻がニール・ダイアモンドと濃いめのコラボをしていた『PRIMITIVE』(84年)からの、言わばセルフ・リメイクだ。

こうしてキャロルをパートナーに、往年の創作ペースを取り戻したバカラック。この80年代は、他にもロバータ・フラック(&ピーボ・ブライソン)、エル・デバージ、ケニー・ロジャース、レイ・パーカーJr.、ナタリー・コール、そしてバーブラ・ストライサンドなどとコラボを進めているが、一度手掛けた楽曲が満足のいく成果を上げられないと、アーティストを替えて再チャレンジする傾向がある。誰かにカヴァーされるのを待つのではなく、相性の良さそうな相手と組むことになった時、新たな書き下ろし楽曲に添えて、既発レパートリーの中から相応しい楽曲を発掘して提案するのだ。その典型が<That's What Friends Are For>である。

そして、そのパターンで女王アレサ・フランクリンに持ち込まれたのが<Everchanging Times>。この曲のオリジネイターはサイーダ・ギャレット。マイケル・ジャクソン< I Just Can't Stop Loving You>のデュエット・パートナーとして脚光を浴びた実力派シンガーで、言わばクインシー・ジョーンズの秘蔵っ子のような新人だった。しかしクインシーが多忙で、長くソロ・デビューを待たされ、マイケルとデュエットしたタイミングを掴んで、バカラック夫妻とデヴィッド・フォスターのプロデュースで出したシングルが、<Everchanging Times>だった。でもプロモーションが行き届かず、結局はR&Bチャート44位止まり。そこでアレサの91年作『WHAT YOU SEE IS WHAT YOU SWEAT』に参加するのが決まった時、バカラック夫妻は旧知のブルース・ロバーツと共作した新曲<Someone Else's Eyes>と、サイーダに提供したこの曲を持ち出した。しかもアレサのデュエット相手に、再びマイケル・マクドナルドを起用して…。結果としてはR&Bチャートのトップ20入りが精一杯だったが、<On My Own>と同様、バカラック・メロディにソウル・ディーヴァとマイケル・マクドナルドのヴェルヴェット・ヴォイスが絡みつく、記憶に残る名曲になった。

それでも、バカラック夫妻の蜜月もその頃まで(91年離婚)。久々にエルヴィス・コステロとの『PAINTED FROM MEMORY』を聴いて、やはりバカラック・メロディが最も輝くのは、曲作りで素晴らしいパートナーがいた時なんだと実感した。

改めて、Rest in Peace...