ff38d852.jpg老舗UKジャズ・ファンク・バンドの通算12作目。キャッチ・コピーには“まさに新境地。過去のインコグニート作品の中でも、最も美しいアルバムが届けられた”とある。ホントか!? おまけにアドリブ誌年末恒例のADLIB AWARDでも、【海外クラブ・ダンス賞】を受賞。実は初めて聴いたときは、それほど良い印象は受けなかったのだが。うーん、こりゃあもう一度、心して聴き直さなくては…。

で、本日所用で車で出る際にコレを持って。「ヲイ、ちゃんと聴き直すのに運転しながらかいッ!」と突っ込まぬように。家でスピーカーの前に鎮座するならまだしも、大抵はPC見ながらになったりするので、車の方がずっと意識を集中できたりするわけだ。それにコレを打ちながら、もう一回聴いてるのだし。

作品の内容としては、過去の代表曲のセルフ・カヴァー4曲、絶妙なセレクトによるカヴァー4曲、そして新曲3曲という構成。アルバムを通して“アコースティック”がキーワードになっており、流麗なストリングスを纏ったり、そっと寄り添うように親密なアレンジを聴かせたりして、いつものダンサブルなビートは抑え目だ。そういう予備知識を持ってしても、初めてオープニングの<Everybody Loves The Sunshine>を聴いたときは、「あれ、これがインコグニート?」と思ってしまった。曲はもちろんロイ・エアーズのカヴァー。アルバム・タイトルもこの曲の詞から取られたそうで、ある意味、アルバムの方向性を示すポジションに置かれている。

続いて出てくるのが、セルフ・リメイクの<Everyday>。イントロから揺らめくようなエレピの音に酔わされ、密着感の強いイマーニのヴォーカルにクラクラ。<Always There><Still A Friends Of Mine><Deep Waters>といった他のセルフ・カヴァー曲も概ね似た雰囲気で、インコグニートにしては穏やかな、おとなしいイメージに仕上がっている。ただ、こうしたアレンジは、あくまでオリジナルが親しまれているからこそ存在し得た、いわば裏アレンジ。ストリングスとパーカッションをバックにメイザ・リークとトニー・モムレルがデュエットした<Still A Friends Of Mine>なんて、アイディアは面白いけど何処か安定感を欠いていて…。アコギの弾き語り(+弦)っぽい<Always There>も少し微妙だけれど、これは珍しくシットリ歌うジョセリン・ブラウンに魅せられた。そしてそのまま新曲<Raise>と繋がっていくのだが、この流れが本作の白眉か。ドラムンベースのリズムにストリングスや生楽器を絡めた辺りに、ブルーイらしい冴えがある。やはりインコグニートはこうでなくちゃ! 
ちなみに<Always There>でジョセリンは、「今までこんな歌い方をさせてくれた人はいない」と感涙をこぼしたそう。新作も出たばかりだけれど、彼女はいつもダンス・ディーヴァ的な歌い方ばかり強いられているんだろうな。アーティストのパブリック・イメージと本人の希望が相容れないのは珍しくないとはいえ、それほどの大スターでもないのだから、彼女が真の実力を発揮する場が与えられても良さそうではある。

他の2曲の新曲は、共にアルバムの指向性に準じたスロウ・チューン。中でもスティーヴィー・ワンダー風のバラード<You Are Golden>が、美メロ系でなかなか。こういうのはこのアルバムより、ノリの良いジャズ・ファンク・チューンが並ぶ中でサラッと聴かせると、もっと光りそう。

ラヴィング・スプーンフルの<Summer On The City>、アメリカの<Tin Man>は、いずれもカーリーン・アンダーソン、アース・ウインド&ファイアー<That's The Way of The World>はカーリーンとメイザがヴォーカル。どれもアコースティックで演ることを前提に選ばれたカヴァーだから、アッと驚くような斬新さはなく、極論しちゃえばチョイスされたことがすべて。クセっぽいカーリーンがフィーチャーされてることもあり、可もなく不可もなくといった感じ。

ってなワケで、なんかビミョーな出来映えのニュー・アルバムではある。でもカナザワは、この作品を否定しないし、苦言を吐くつもりもない。というのは、ブルーイがココでやろうとしてることがよーく理解できるから。今のインコグニート、そしてこれからのインコグニートにとって、このアルバムは通過点として必要だったのだ。そうした意味では、キャッチコピーの“新境地”というのは間違っちゃいない。ただそこでいきなり完成した作品が作れるワケもなく、ようやく次の地平に足を踏み入れたに過ぎない。だからホントに注目すべきは、ここでの成果を次作にどう繋げるか。そうした過渡期のアルバムが年末選考で部門賞を受けちゃったのだから、きっと次はグランプリですよ!