g-forceゲイリー・ムーアが80年代初頭にJet Recordsへ残した4作品が、先月SHM−CD/紙ジャケ仕様で再発されている。その中からチョイと思い入れのあるG.フォースについて少々。

このバンドは、シン・リジィへの参加で急速に脚光を浴びたゲイリー・ムーアが、やはりリジィでブライアン・ダウニーの穴を埋めたドラマーのマーク・ナウシーフをパートナーに、トニー・ニュートン、ウィリー・ディーと結成した4人組。アメリカのロック・シーンに殴り込みをかけるべく、L.A.録音で分かりやすい産業ロック・フォーマットを提示している。総じて楽曲が弱い気がするが、ゲイリーが思い切りギターを弾きまくっているので、なかなか痛快だ。

ところが、ホワイトスネイクのフロント・アクトとして英国ツアーを行なったところ、問題が勃発。アルバムでの素晴らしさがステージで再現できないことに加え、肝心の米国でのリリースが棚上げに。やる気を失ったゲイリーは、予定されていたレディング・フェスティヴァル出演をキャンセルし、バンドを解散させてしまった。かくしてこのG.フォースは1年あまりの短命に。米国での発売中止の煽りで日本リリースも大きく遅れ、彼の人気が本格化するのはソロ活動に入ってからとなる。

ただこのバンド、ハード・ロック・ファンが思っている以上に、すごい可能性を秘めたユニットだったとカナザワは常々考えているのだ。実は、クレジットにはベース:ウィリー・ディー、ヴォーカル:トニー・ニュートンとあるが、コレがどう考えてもアベコベで。つまり、ロン毛の黒人がベースのトニー・ニュートン。だとすると、この人はトニー・ウィリアムス・ニュー・ライフタイム出身で、アラン・ホールズワースの元同僚。その後モータウンのセッションで働き、78年にはプログレッシヴなクロスオーヴァー・スタイルのリーダー作を出している。そのジャケで持っていたのは、ダブル・ネック(+ボディにもう1本短い指板がマウントされている)の特注ベース。もうそれだけで、どれだけのお方か想像できるっちゅう感じなのだ。ライフタイムの頃は如何にもアフリカン・アメリカンなルックスだったが、ソロ作の時にはもうロン毛だった。

その上、マーク・ナウシーフは、元エルフ〜イアン・ギラン・バンドという強者で。シン・リジィでは普通っぽかったが、イアン・ギラン・バンドの『CLEAR AIR TURBULANCE』ではリズム・キーパーの枠を超越したパーカッシヴなプレイで、多彩なグルーヴを産み出していた。個人的には、サイモン・フィリップスやテリー・ボジオにも匹敵する名手だったと思っているが、あまり活動の場に恵まれず、早々にロック・シーンから離れて前衛音楽の世界へ行ってしまった。

ウィリー・ディーについてはよく知らんが、ゲイリーがコロアシアムIIにいたことは言うに及ばず。つまり、ゲイリー、ナウシーフ、ニュートンの3人に関しては、ジャズ・ロックもこなせるテクニックと才覚を持った人たちだったワケで。だからこうした産業ロックに進まず、第2期ジェフ・ベック・グループをハードにしたような指向性もあったんじゃないかと、今更ながらに考えてしまうのだ。アディショナル・ミュージシャンにもトム・スコットのほか、北欧ジャズ・ロック・シーンからヨアキム・キューン(kyd)を引っ張って来ている(後に欧州ジャズ・シーンで成功)。ただし結成時のベース/ヴォーカルは、元ディープ・パープルのグレン・ヒューズだったとか。そうすると、当初はもっとファンキーな路線を狙っていたのか? 

いずれにせよ、優れたミュージシャンの集合体であっても、身の丈にあったディレクションに乗れなければ成功しない。そんな悲運のバンドのひとつが、このG.フォースだった。