
リリースは81年。E.W.&F.にとっては、2枚組大作にして力作『FACES』が商業的に報われず、しかも総帥モーリス・ホワイトとの確執が表面化したアル・マッケイがグループを脱退した。カリスマ的な統率力で大所帯を率いてきたモーリスに、黄信号が灯った時期だったのだ。そこへ来て、E.W.&F.の脇を固めていたフェニックス・ホーンズとトムトム84が、外の仕事を請け負う。当然モーリスの了解あってのコトだろうが、時期が時期だけに、少々心配な出来事ではあった。
R&B好きでE.W.&F.のファンでもあるフィル・コリンズだから、ホーンズを誘うにしても最初は遠慮気味である。それでも全12曲中5曲に彼らを起用。とりわけジェネシスの『DUKE』に収録されたばかりの<Behind The Lines>再演は、ジェネシスとの差別化を図るフィルのアイディアを具現化する重要な手駒となり、なかなかインパクトのあるラッパを聴かせてくれた。これを期に両者の関係が深まり、フィルはジェネシスの新作『ABACAB』にもフェニックス・ホーンを起用。プログレとディスコ/ファンクという異色に組み合わせに、ファンは騒然となった。これが更にフィルのソロ第2作、そしてソロ・ツアーへと発展していくのである。
一方、E.W.&F.本体の方は、年を追うごとに苦境に陥った。そしてデジタル時代に対応するため、83年作『ELECTRIC UNIVERSE』で大胆にシンセを導入。少しづつ疎遠感を増していたフェニックス・ホーンズを、遂にリストラしてしまうのである。プログラミングやドラム・マシーンを要所に用いながら、一方で古き佳きモータウン・サウンドにもアプローチし、ホーンを効果的に使いこなしたフィル。逆にホーンを捨て去って新しいモノに挑んだモーリス。方法論としてはどちらが優れているとは言えないし、ホーン・アレンジのカッコ良さは以前のE.W.&Fの方がずっと上である。しかし、そう単純にコトが運ばないのが音楽シーンの常。当然、その時点のアーティスト・パワー、勢いの違いもあって、対照的な手法はそのまま正反対の結果に繋がっていくのだ。
しっかし、超久し振りにこのフィルのソロ・デビュー盤をフルで聴いたが、プログレ寄りの楽曲は、末期ジェネシスよりもずっとジェネシスっぽい部分があって笑った…
あ、フェニックス・ホーンズとトムトム84なら、角松敏生『WEEKEND FLY TO THE SUN』もありました。
R&B好きでE.W.&F.のファンでもあるフィル・コリンズだから、ホーンズを誘うにしても最初は遠慮気味である。それでも全12曲中5曲に彼らを起用。とりわけジェネシスの『DUKE』に収録されたばかりの<Behind The Lines>再演は、ジェネシスとの差別化を図るフィルのアイディアを具現化する重要な手駒となり、なかなかインパクトのあるラッパを聴かせてくれた。これを期に両者の関係が深まり、フィルはジェネシスの新作『ABACAB』にもフェニックス・ホーンを起用。プログレとディスコ/ファンクという異色に組み合わせに、ファンは騒然となった。これが更にフィルのソロ第2作、そしてソロ・ツアーへと発展していくのである。
一方、E.W.&F.本体の方は、年を追うごとに苦境に陥った。そしてデジタル時代に対応するため、83年作『ELECTRIC UNIVERSE』で大胆にシンセを導入。少しづつ疎遠感を増していたフェニックス・ホーンズを、遂にリストラしてしまうのである。プログラミングやドラム・マシーンを要所に用いながら、一方で古き佳きモータウン・サウンドにもアプローチし、ホーンを効果的に使いこなしたフィル。逆にホーンを捨て去って新しいモノに挑んだモーリス。方法論としてはどちらが優れているとは言えないし、ホーン・アレンジのカッコ良さは以前のE.W.&Fの方がずっと上である。しかし、そう単純にコトが運ばないのが音楽シーンの常。当然、その時点のアーティスト・パワー、勢いの違いもあって、対照的な手法はそのまま正反対の結果に繋がっていくのだ。
しっかし、超久し振りにこのフィルのソロ・デビュー盤をフルで聴いたが、プログレ寄りの楽曲は、末期ジェネシスよりもずっとジェネシスっぽい部分があって笑った…

あ、フェニックス・ホーンズとトムトム84なら、角松敏生『WEEKEND FLY TO THE SUN』もありました。