


昨日は朝から訃報が相次ぐという、トンでもない1日。朝一番でレナード・コーエン、追ってりりィ、そして午後には元ウェザー・リポートのヴィクター・ベイリー(b)逝くとの報が…。特にりりィは再評価を促したいシンガー・ソングライター最右翼でもあったので、結構ココロに来るモノがある。
順を追っていこう。
レナード・コーエンは、カナダを代表するシンガー・ソングライター。詩人としても知られており、先日決まったボブ・ディランのノーベル文学賞受賞に対し、“おいおい、こっちが先だろう?” という人がいるほど。ちょうどニュー・アルバム『YOU WANT IT DARKER』が発売されたばかりで、80歳を超えたというのに、とても元気にプロモーションに勤しんでいた。なのでまさに急逝。享年82歳。上掲は08〜09年のベスト・パフォーマンスを集めたライヴ盤『SONGS FROM THE ROAD』。この後ろ姿が、何だか物哀しくて…。
りりィは、<私は泣いています>などのヒット曲で知られるシンガー・ソングライター/女優。 72年にアルバ<イ『たまねぎ』でデビューし、ハスキーな歌声で注目された。イメージ的にはフォーク寄りだったが、実はもっと多彩で、<私は泣いています>や次のシングル<風のいたみ>のB面曲は共に、今でいうフリーソウル〜レア・グルーヴ系だったりする。バック・バンドのバイバイ・セッション・バンドも、木田高介/ 国吉良一/坂本龍一/井上鑑(kyd)、土屋昌巳/伊藤銀次(g)、吉田建(ds)、西哲也/上原ユカリ(ds)、斎藤ノブ(perc)らが入れ替わり立ち替わりで参加。人知れず、キャラメル・ママ〜ティン・パン・アレーの流れやサディスティック・ミカ・バンド系に負けない、セッション・ミュージシャンの一大潮流となった。当然70年代後半の作品は、シティ・ポップス〜AOR系の作風になり、拙監修のガイド本『Light Mellow 和モノ』でも高く評価している。それこそ、従来型のベスト盤ではなく、『Light Mellow りりィ』なんてコンピを作りたかった人。最近は肺ガンを患い、闘病生活を送っていたが、11日に力尽きた。享年64歳。上掲は78年作『MAGENTA』。
そしてジャズ・ベースのヴィクター・ベイリーも。80年代初頭にニューヨークのセッション・マンとして頭角を現し、トム・ブラウンの下で活躍。83年にジャコ・パストリアスの後任としてウェザー・リポートに抜擢された。その後ソロ活動を開始。一時はポスト・マーカス・ミラーの最右翼と目されていたが、長年に渡って、筋力低下を伴う難病シャルコー・マリー・トゥース病に悩まされ。15年に事実上の引退。闘病生活を送っていた。享年56歳。上掲は89年のソロ1作目『BOTTOM'S UP』。
こうしてみると、レナード・コーエンはディラン、りりィはレーベルメイトだったユーミン、そしてヴィクター・ベイリーはジャコの映画公開と、それぞれの大物たちに対して “光と影” を成すような存在になってしまっているのが悲しい。それにしても、今年はやたら訃報が多い年とはいえ、それなりに馴染みのあるミュージシャンが1日に3人も逝ってしまうとは…。
Rest in Peace...
レナード・コーエンは、カナダを代表するシンガー・ソングライター。詩人としても知られており、先日決まったボブ・ディランのノーベル文学賞受賞に対し、“おいおい、こっちが先だろう?” という人がいるほど。ちょうどニュー・アルバム『YOU WANT IT DARKER』が発売されたばかりで、80歳を超えたというのに、とても元気にプロモーションに勤しんでいた。なのでまさに急逝。享年82歳。上掲は08〜09年のベスト・パフォーマンスを集めたライヴ盤『SONGS FROM THE ROAD』。この後ろ姿が、何だか物哀しくて…。
りりィは、<私は泣いています>などのヒット曲で知られるシンガー・ソングライター/女優。 72年にアルバ<イ『たまねぎ』でデビューし、ハスキーな歌声で注目された。イメージ的にはフォーク寄りだったが、実はもっと多彩で、<私は泣いています>や次のシングル<風のいたみ>のB面曲は共に、今でいうフリーソウル〜レア・グルーヴ系だったりする。バック・バンドのバイバイ・セッション・バンドも、木田高介/ 国吉良一/坂本龍一/井上鑑(kyd)、土屋昌巳/伊藤銀次(g)、吉田建(ds)、西哲也/上原ユカリ(ds)、斎藤ノブ(perc)らが入れ替わり立ち替わりで参加。人知れず、キャラメル・ママ〜ティン・パン・アレーの流れやサディスティック・ミカ・バンド系に負けない、セッション・ミュージシャンの一大潮流となった。当然70年代後半の作品は、シティ・ポップス〜AOR系の作風になり、拙監修のガイド本『Light Mellow 和モノ』でも高く評価している。それこそ、従来型のベスト盤ではなく、『Light Mellow りりィ』なんてコンピを作りたかった人。最近は肺ガンを患い、闘病生活を送っていたが、11日に力尽きた。享年64歳。上掲は78年作『MAGENTA』。
そしてジャズ・ベースのヴィクター・ベイリーも。80年代初頭にニューヨークのセッション・マンとして頭角を現し、トム・ブラウンの下で活躍。83年にジャコ・パストリアスの後任としてウェザー・リポートに抜擢された。その後ソロ活動を開始。一時はポスト・マーカス・ミラーの最右翼と目されていたが、長年に渡って、筋力低下を伴う難病シャルコー・マリー・トゥース病に悩まされ。15年に事実上の引退。闘病生活を送っていた。享年56歳。上掲は89年のソロ1作目『BOTTOM'S UP』。
こうしてみると、レナード・コーエンはディラン、りりィはレーベルメイトだったユーミン、そしてヴィクター・ベイリーはジャコの映画公開と、それぞれの大物たちに対して “光と影” を成すような存在になってしまっているのが悲しい。それにしても、今年はやたら訃報が多い年とはいえ、それなりに馴染みのあるミュージシャンが1日に3人も逝ってしまうとは…。
Rest in Peace...













































