現在発売中のミュージック・マガジン3月号の創刊50周年特集第2弾『AOR / ヨット・ロック・ベスト100』に寄稿している。同社レコード・コレクターズ誌には準レギュラー的に書いているが、本体のマガジン誌でこうした記事に原稿を書くのは初めて。それだけマガジン誌とAORには溝があった。今回も特別に近しい関係になったとは思わないが、ヨット・ロックが介在することによって、シンパも批判派もAORを突き放して、少し冷静に見つめる機会が得られたのだと思う。
ではその “ヨット・ロック” とはなんぞや? ハッキリ言って、これは曖昧模糊。AORの定義だってシッカリ定まっていないのに、それ以上にボーダーが見えにくい。でもそれはそのはず、もともとヨット・ロックは、AORに惹かれながらも、その軽さを批判・嘲笑するモノとして生まれている。具体的には、米国のネット・チャンネル101で 2005年から制作・放映されていた短編コメディが発信元。デッチ上げの再現ドラマでAOR名曲の誕生秘話を描くというのが、その内容だった。ところがそれが好評を呼んで、次第に音楽ファンに広まっていったのだ。特集の対談の中で、若い外国人のAORコレクターが「ヨット・ロックの言葉には侮辱的なニュアンスがあるから使いたくない。日本にはAORという言葉があっていいね」と言っていた、というエピソードが紹介されているが、それが正確なヨット・ロック概念だろう。マガジン誌の特集も、AOR とヨット・ロックが並列に並んでいるのがポイント。トップ100選定に当たって、編集部からは、ランキング対象になる作品/アーティストは個人判断で、とのお達しだった。それだけ括りが難しいワケである。
そのヨット・ロックには、大きな転機が2度あった。これも特集の対談に出てくるが、ひとつは Numero 発のネッド・ドヒニー『SEPARATE OCEANS』(当時の紹介ポスト)。日本でのネッドは、AORシーンの大物としてエスタブリッシュされていたので、コレはレア音源発掘!と喜ばれた。しかし本国USでのネッドは、はほとんど無名の存在。アルバムも最初に2枚しか出ていない。だからこのNumero盤は、ニッチなシンガー・ソングライターの極上発掘モノとして、むしろ若い世代に注目されることになった。これはレア・グルーヴ同様、著名アーティストたちや音楽業界の商業主義への批判精神、すなわち今の若者たちの基本スタンスを表したモノと受け取れる。
もうひとつは、ご存知サンダーキャットの<Show You The Way>である。マイケル・マクドナルド、ケニー・ロギンスと共演した、あの曲だ。これはネット番組がキッカケで再評価されたヨット・ロック・ムーヴメントに対し、そこでコケにされていた感のある往年のAORアクトをマトモに再評価させよう、という愛ある動きだった。雑食のサンダーキャットは、若いながらも彼らの歌声が好きで、音楽的にも愛着を持っていた。それなのに世間で面白おかしく揶揄されているのを見て、自分が彼らの魅力をシッカリと若いファンに届けなければ、と考えたに違いない。アルバム『DRUNK』の中ではこの曲だけが異質なので、マガジン・ランキングの個人リストからは除外したが、AORを小バカにしたそれまでのヨット・ロックの流れを、より好意的な流れへとシフトさせたのは、サンダーキャットの功績だった。
このようにヨット・ロックは、AORに対してかなりデリケートな意味を含む言葉だ。だからオンタイムでAORに親しんできた者としては、安易にこの言葉を使いたくないし、また発信側に立つAORシンパとして、この言葉の取り扱いには細心の注意が必要だと思っている。こちらが好意的な意味で発信しても、果たして相手がどう受け止めているのか微妙なのだ。ある意味ヨット・ロックには、その形容に内包されたAOR批判にこそ焦点を当てたい、そういう不穏分子、仮想敵が潜んでいる。彼らにとってのAORは、雰囲気だけで作られた商業音楽のシンボルなのだ。
もちろんAORシンパである自分も、当時のクリスタル・ブームに乗っただけの、取るに足らないAOR作品が存在することは否定しない。ウルサ方が「スティーリー・ダンとAORを一緒にするな!」と吠えるのも、それを逆手に取ってのコトだろう。どちら側から見ても、玉石混交の部分はあるのだ。
その中で特に批判勢力が攻撃するのは、AORが思想や主張、メッセージ性を欠くところ。でもこれはAORアーティストの多くが純粋に音楽主義的なだけであって、音楽的にはロックでも、創作スタンスとしてはポップスやイージー・リスニングに近いから、という気がしている。シンガー・ソングライターではなく、単なる唄歌いの人も少なからず。全盛期は異ジャンルのアーティストが企画作品的にAORアルバムを創る、ということが当たり前のように起こっていたし、ジャズ・フュージョンやスタジオ・ミュージシャンたちの動きと連動していた点も見逃せない。そもそも社会批評を音楽に持ち込まない主義のミュージシャンに、思想性がないと批判する方がナンセンス。そこに往年のクラシック・ロック愛好家のロック共同体幻想が入り込んでいるワケで。下手をするとヨット・ロックは、その手の論客に利用されてしまう恐れがある。
とりわけ強調しておきたいのは、“ヨット・ロック” という新しい言葉が生まれてきた背景だ。オンタイム派の想いやこれまでのプロセスはどうあれ、 “ヨット・ロック” とは、若い世代の新しい感性が入り込んでこそのモノ。ランキングでトップを取ったのが、ボズ・スキャッグス『SILK DEGREES』でもスティーリー・ダン『AJA』でもなく、ネッド・ドヒニー『HARD CANDY』であったこと、ポール・サイモンやハース・マルティネス、フィフス・アヴェニュー・バンドが上位に入ったこと、TOTOやエアプレイが低位置、などが典型的である。ネオアコ系やアシッド・ジャズが入ってきたのも、ヨット・ロックならでは。新人がまだ多くないのは残念なところだが、ヨットという開放的イメージとは裏腹に、ニュー・カマーのサウンドは極めて密室的だ。波にプカプカ浮くのを夢想しながら、PCでシコシコ音楽を作っている。そうした意味では、この ヨット・ロックはまだまだ過渡期のシロモノだと思う。
日本ではこれからヨット・ロックの翻訳本やコンピレーションが組まれるらしい。実は翻訳の本の方は、数年前に監修を打診されたことがあったのだが、当時はまだヨット・ロック自体が日本にまったく浸透していなかったので見送った。でもコンピの方はどうなんだろう? 海外のレーベルが最近組んでいるモノは、日本のAOR感覚ではあまりにオブスキュアーすぎて、しかもクオリティも安定せず、DJ 感覚がないとついていけない気がする。でも一方で、後追い世代の批評精神を取り込んで当時の良きAOR感覚とリンクさせていかないと、今のヨット・ロックにはならない。だから、往年のAORの単なる焼き直し、ナツメロ指向の看板の掛け替えであってはならないし、もしそうなってしまったら、AOR批判勢力から「やっぱりAORファンはおバカ」と揶揄されるのがオチだろう。まさしく、ゆらゆら揺れ動くヨット・ロックの両サイドを反映させたモノでないと、冠だけのニセモノで終わってしまう。
さて、長くなってしまったので、最後にマガジン誌に送った個人的30選を載せておこう。ヨット的感覚を出すべく、エアプレイやジノ・ヴァネリは敢えてオミット。新しいアーティストを10組入れようとしたが、結局8組止まりに終わった。注目されているニュー・カマーは他にもいたが、なんかピ〜ンとこないのが多い。順位は選んだ時の気分次第で、絶対的ではありませんッ。
1. スティーリー・ダン/エイジャ
2. ボズ・スキャッグス/シルク・ディグリーズ
3. ネッド・ドヒニー/ハード・キャンディ
4. ドゥービー・ブラザーズ/ミニット・バイ・ミニット
5. クリストファー・クロス/南から来た男
6. TOTO / IV
7. ボビー・コールドウェル/イヴニング・スキャンダル
8. ジェイムス・テイラー/JT
9. ジョン・メイヤー/ザ・サーチ・フォー・エヴリシング
10. ヤング・ガン・シルヴァー・フォックス/ウエスト・コースト・エンド
11. ジョン・ヴァレンティ/エニウェイ・ユー・ウォント
12. ホール&オーツ/アヴァンダンド・ランチョネット
13. トム・ミッシュ/Geography
14. カラパナ/ I
15. ケニー・ランキン/シルヴァー・モーニング
16. ビル・ラバウンティ/ビル・ラバウンティ
17. フィフス・アヴェニュー・バンド
18. マイケル・フランクス/アート・オブ・ティー
19. スティーヴン・ビショップ/ケアレス
20. セシリオ&カポノ/ナイト・ミュージック
21. シールズ&クロフツ/僕のダイアモンド・ガール
22. アメリカ/ホームカミング
23. ペイジス/ファースト・ペイジス
24. オーレ・ブールド/KEEP MOVIN’
25. ベニー・シングス/ I LOVE YOU
26. ケニー・ロギンス/キープ・ザ・ファイアー
27. ノラ・ジョーンズ/Come Away With Me
28. ジャック・ジョンソン/イン・ビトウィーン・ドリームス
29. ブルース・ヒバード/Never Turnin’ Back
30. ジョーイ・ドーシック/インサイド・ヴォイス
そのヨット・ロックには、大きな転機が2度あった。これも特集の対談に出てくるが、ひとつは Numero 発のネッド・ドヒニー『SEPARATE OCEANS』(当時の紹介ポスト)。日本でのネッドは、AORシーンの大物としてエスタブリッシュされていたので、コレはレア音源発掘!と喜ばれた。しかし本国USでのネッドは、はほとんど無名の存在。アルバムも最初に2枚しか出ていない。だからこのNumero盤は、ニッチなシンガー・ソングライターの極上発掘モノとして、むしろ若い世代に注目されることになった。これはレア・グルーヴ同様、著名アーティストたちや音楽業界の商業主義への批判精神、すなわち今の若者たちの基本スタンスを表したモノと受け取れる。
もうひとつは、ご存知サンダーキャットの<Show You The Way>である。マイケル・マクドナルド、ケニー・ロギンスと共演した、あの曲だ。これはネット番組がキッカケで再評価されたヨット・ロック・ムーヴメントに対し、そこでコケにされていた感のある往年のAORアクトをマトモに再評価させよう、という愛ある動きだった。雑食のサンダーキャットは、若いながらも彼らの歌声が好きで、音楽的にも愛着を持っていた。それなのに世間で面白おかしく揶揄されているのを見て、自分が彼らの魅力をシッカリと若いファンに届けなければ、と考えたに違いない。アルバム『DRUNK』の中ではこの曲だけが異質なので、マガジン・ランキングの個人リストからは除外したが、AORを小バカにしたそれまでのヨット・ロックの流れを、より好意的な流れへとシフトさせたのは、サンダーキャットの功績だった。
このようにヨット・ロックは、AORに対してかなりデリケートな意味を含む言葉だ。だからオンタイムでAORに親しんできた者としては、安易にこの言葉を使いたくないし、また発信側に立つAORシンパとして、この言葉の取り扱いには細心の注意が必要だと思っている。こちらが好意的な意味で発信しても、果たして相手がどう受け止めているのか微妙なのだ。ある意味ヨット・ロックには、その形容に内包されたAOR批判にこそ焦点を当てたい、そういう不穏分子、仮想敵が潜んでいる。彼らにとってのAORは、雰囲気だけで作られた商業音楽のシンボルなのだ。
もちろんAORシンパである自分も、当時のクリスタル・ブームに乗っただけの、取るに足らないAOR作品が存在することは否定しない。ウルサ方が「スティーリー・ダンとAORを一緒にするな!」と吠えるのも、それを逆手に取ってのコトだろう。どちら側から見ても、玉石混交の部分はあるのだ。
その中で特に批判勢力が攻撃するのは、AORが思想や主張、メッセージ性を欠くところ。でもこれはAORアーティストの多くが純粋に音楽主義的なだけであって、音楽的にはロックでも、創作スタンスとしてはポップスやイージー・リスニングに近いから、という気がしている。シンガー・ソングライターではなく、単なる唄歌いの人も少なからず。全盛期は異ジャンルのアーティストが企画作品的にAORアルバムを創る、ということが当たり前のように起こっていたし、ジャズ・フュージョンやスタジオ・ミュージシャンたちの動きと連動していた点も見逃せない。そもそも社会批評を音楽に持ち込まない主義のミュージシャンに、思想性がないと批判する方がナンセンス。そこに往年のクラシック・ロック愛好家のロック共同体幻想が入り込んでいるワケで。下手をするとヨット・ロックは、その手の論客に利用されてしまう恐れがある。
とりわけ強調しておきたいのは、“ヨット・ロック” という新しい言葉が生まれてきた背景だ。オンタイム派の想いやこれまでのプロセスはどうあれ、 “ヨット・ロック” とは、若い世代の新しい感性が入り込んでこそのモノ。ランキングでトップを取ったのが、ボズ・スキャッグス『SILK DEGREES』でもスティーリー・ダン『AJA』でもなく、ネッド・ドヒニー『HARD CANDY』であったこと、ポール・サイモンやハース・マルティネス、フィフス・アヴェニュー・バンドが上位に入ったこと、TOTOやエアプレイが低位置、などが典型的である。ネオアコ系やアシッド・ジャズが入ってきたのも、ヨット・ロックならでは。新人がまだ多くないのは残念なところだが、ヨットという開放的イメージとは裏腹に、ニュー・カマーのサウンドは極めて密室的だ。波にプカプカ浮くのを夢想しながら、PCでシコシコ音楽を作っている。そうした意味では、この ヨット・ロックはまだまだ過渡期のシロモノだと思う。
日本ではこれからヨット・ロックの翻訳本やコンピレーションが組まれるらしい。実は翻訳の本の方は、数年前に監修を打診されたことがあったのだが、当時はまだヨット・ロック自体が日本にまったく浸透していなかったので見送った。でもコンピの方はどうなんだろう? 海外のレーベルが最近組んでいるモノは、日本のAOR感覚ではあまりにオブスキュアーすぎて、しかもクオリティも安定せず、DJ 感覚がないとついていけない気がする。でも一方で、後追い世代の批評精神を取り込んで当時の良きAOR感覚とリンクさせていかないと、今のヨット・ロックにはならない。だから、往年のAORの単なる焼き直し、ナツメロ指向の看板の掛け替えであってはならないし、もしそうなってしまったら、AOR批判勢力から「やっぱりAORファンはおバカ」と揶揄されるのがオチだろう。まさしく、ゆらゆら揺れ動くヨット・ロックの両サイドを反映させたモノでないと、冠だけのニセモノで終わってしまう。
さて、長くなってしまったので、最後にマガジン誌に送った個人的30選を載せておこう。ヨット的感覚を出すべく、エアプレイやジノ・ヴァネリは敢えてオミット。新しいアーティストを10組入れようとしたが、結局8組止まりに終わった。注目されているニュー・カマーは他にもいたが、なんかピ〜ンとこないのが多い。順位は選んだ時の気分次第で、絶対的ではありませんッ。
1. スティーリー・ダン/エイジャ
2. ボズ・スキャッグス/シルク・ディグリーズ
3. ネッド・ドヒニー/ハード・キャンディ
4. ドゥービー・ブラザーズ/ミニット・バイ・ミニット
5. クリストファー・クロス/南から来た男
6. TOTO / IV
7. ボビー・コールドウェル/イヴニング・スキャンダル
8. ジェイムス・テイラー/JT
9. ジョン・メイヤー/ザ・サーチ・フォー・エヴリシング
10. ヤング・ガン・シルヴァー・フォックス/ウエスト・コースト・エンド
11. ジョン・ヴァレンティ/エニウェイ・ユー・ウォント
12. ホール&オーツ/アヴァンダンド・ランチョネット
13. トム・ミッシュ/Geography
14. カラパナ/ I
15. ケニー・ランキン/シルヴァー・モーニング
16. ビル・ラバウンティ/ビル・ラバウンティ
17. フィフス・アヴェニュー・バンド
18. マイケル・フランクス/アート・オブ・ティー
19. スティーヴン・ビショップ/ケアレス
20. セシリオ&カポノ/ナイト・ミュージック
21. シールズ&クロフツ/僕のダイアモンド・ガール
22. アメリカ/ホームカミング
23. ペイジス/ファースト・ペイジス
24. オーレ・ブールド/KEEP MOVIN’
25. ベニー・シングス/ I LOVE YOU
26. ケニー・ロギンス/キープ・ザ・ファイアー
27. ノラ・ジョーンズ/Come Away With Me
28. ジャック・ジョンソン/イン・ビトウィーン・ドリームス
29. ブルース・ヒバード/Never Turnin’ Back
30. ジョーイ・ドーシック/インサイド・ヴォイス