tommy lipuma book

入院前からちびちびと読み進めていたが、この機を借りて一気に読了したのは、ベン・シドラン著『トミー・リピューマのバラード〜ジャズの粋を極めたプロデューサーの物語(The Ballad Of Tommy LiPuma)』。昨年刊行した拙ディスク・ガイド『AOR LIght Mellow Premium 01』をご覧いただければ分かるけれど、最初にAOR的音楽スタイルを創り出したのが、リピューマとボブ・クラズノウが立ち上げたブルー・サム・レーベル。そしてそこでアーティストとして活躍し、その後も互いに信頼関係を築いていたのがベン・シドランという関係。だからこれは絶対に素通りできない。しかも翻訳者の一人は、業界の大先輩で、直接的・間接的にお世話になっている吉成伸幸氏。ボズ・スキャッグス『SILK DEGREES』の日本発売に関わり、今もシドランやネッド・ドヒニーの窓口を務めていらっしゃる。日本のフュージョン黎明期を先導したプリズムをデビューさせたのも、実はこの方だった。

Dr. JAZZ の異名を取り、早くから専門書を上梓しているシドランゆえ、目の付け所や物語の構成はサスガ。時に面白おかしく、時に感心を抱かせるように、読み手をどんどんストーリーに引き込んでいく。リピューマのプロデューサーとしての手腕、優雅なサウンド・ヴェールに隠された強いこだわり、シチリアにルーツを持つイタロ・アメリカンとしての悲哀と矜持。著名でありながら、あまり語られる機会がなかったリピューマのライフスタイルの表と裏を知るには、格好の著書と言える。

イイ音楽は、美しいメロディや独特のコード進行、心地よいグルーヴといった表層的なところで生まれるモノではない。作り手のルーツ、知識や発想、心情や主義・主張が、そうした音楽的表現に昇華されているのだ。そしてそこに集ったミュージシャンそれぞれに、こうした自己表現のカタチがある。それを一篇の楽曲に、あるいは一枚のアルバムに紡ぎ上げるのが、リピューマのプロデュース・スタイル。そこから真の芸術たる作品が産み落とされてきた。

もちろんヒットにはタイミングが重要だ。しかしリピューマには、時流そのものはあまり意味がない。常に流行を意識し、その半歩先を行くことを目指したクインシー・ジョーンズ、いつも売れる楽曲を探し続けたクライヴ・デイヴィスとは、まるで正反対の制作ポリシーだ。日本で言えば、楽曲を商品と捉えて自らにヒットを課した筒美京平とは、完全真逆のスタンスと言える。

リピューマの出世作:ジョージ・ベンソン<Breezin'>の印象的なギター・リフは、この曲の作曲者でセッションにも参加したボビー・ウーマックがもたらしたもの。でも彼は満足にチューニングもできないほどラリっていたため、彼のプレイをアッサリ消して、そのリフをフィル・アップチャーチに弾かせた。またリッキー・リー・ジョーンズをホライズンからデビューさせようとして、ワーナーに持って行かれたこと、クライヴ・デイヴィスからロッド・スチュワートのスタンダード・アルバムの制作を依頼されたが、それを断ったら二度と連絡が来なくなったこと、ボブ・ジェイムスとデヴィッド・サンボーンの名盤『DOUBLE VISION』を巡る両者の諍いを取り持つなど、今だから明かせる興味深い話もふんだんに出てくる。訴訟トラブルがに発展したデイヴ・メイスン『ALONE TOGETHER』も、ブルー・サム初のヒット・アルバムとして、かなり深い愛着を持っているのが伝わってきた。

一方、業界屈指の名匠伝だから、ネガティヴな部分は当然書かれておらず、例えば、メジャー・レーベルの重役/トップとしてリストラなど大ナタを振るい、所属ミュージシャンの契約をぶった切った話などは、ほとんど出てこない。要は、どちら側からリピューマを見るか、というコトだけれど、時代を超越する多くの芸術作品を制作した人である。そのお眼鏡に適わず、影で煮湯を飲んだ人は、実は少なくないだろう。70年代頃、かなりクスリに溺れていた話も率直に書かれていて、そこはちょっと驚いたが…。

でもセールスより音楽、というスタンスは一貫していて、いいアルバムができれば数字は後から付いてくると、一切ブレを見せなかった。そして、宣伝マンを務めたリバティ/インペリアル(61-65年)に始まり、A&M(65-69年)、ブルー・サム(69-74年)、ワーナー(74-78年)、A&M/ホライズン(78-79年)、ワーナー(79-90年)、エレクトラ(90-96年)、GRP/ヴァーヴ(97-2011年)を渡り歩きながら、
常に周囲に理解を寄せてくれる仲間、アーティストたちがいたことが、彼の成功を支えた。シドランやベンソンを筆頭に、アル・ジャロウ、マーク=アーモンド、ブレンダ・ラッセル、ドクター・ジョン、ニール・ラーセン(フルムーン)など、彼の移籍に連なった者は少なくなく、ある意味ファミリーのような集団になっている。エンジニアのアル・シュミット、アレンジャーのニック・デカロやクラウス・オーガーマン、そして数多の優れたミュージシャンたちもまた然り。

トミー・リピューマの足跡に触れたい者は、すべからくお手に。