poco_head over heelspaul cotton


月が変わっても早々に訃報です。後期ポコの中心人物で、ファンの間では “ファンタスティック・フォー” などと呼ばれて親しまれている時期にシンガー/ギタリストを務めたポール・コットンが、1日に亡くなった。奥様キャロラインがSNSで発信しているところでは、unexpectedly, peacefully -とあるから、突然発作に見舞われての自然死だったと思われる。享年78歳。ポコは今年4月に、オリジナル・メンバーのラスティ・ヤングを心臓発作で亡くしたばかり。これで “ファンタスティック・フォー” の2人が鬼籍に入り、生き残りはイーグルスに参加しているティモシー・シュミット、ドラムのジョージ・グランサムだけになってしまった。

カントリー・ロックに思い入れが強いのは、カナザワよりも少し上、60歳代も半ば以上のベテラン・ロック・ファンの方たちだろう。自分が初めてポコを聴いたのは、確か上掲の75年作『HEAD OVER HEELS』か、もしくはその次の『ROSE OF CIMARRON(シマロンの薔薇)』だったか? イーグルス経由で興味を持ってで、しかも『HOTEL CALIFORNIA』が大ブレイクした後だった。でもその時の興味は、同じ頃に聴いたジェイムス・ギャングの方に向かってしまい、ポコをちゃんと聴いたのは、78年の『LEGEND』から。その時の主導者2人が、奇しくも互いに誘い合うように逝ってしまったコトになる。

ポールがポコ加入前に組んでいたイリノイ・スピード・エキスプレスでの相方は、ファビュラス・ラインストーンズでも活躍するカル・デヴィッド。そのカルのキャリアの原点がカル・デヴィッド&ジ・エクセプションズで、そこのベース&ヴォーカルは、シカゴに参加する前のピーター・セテラ。実はポールをポコに紹介したのは、そのセテラだったそうだ。

往年のファンには叱られそうだが、一番よく聴いたポコのアルバムは、89年の再結成盤『LEGACY』。でもその頃のメンバーは、リッチー・フューレイにラスティ・ヤング、ジム・メッシーナにランディ・マイズナー、そしてジョージ・グランサムというオリジナルの5人。結局、牧師の仕事があるフューレイがすぐ抜けて、ツアーからポールが再加入したのだった。でももうこれでポコは終焉を迎えざるを得ないんだろうな…。

Rest in Peace...