
クラブ方面で注目されて、昨年アナログ復刻されていた佐々木久美のワン&オンリー作品『SOUL SOUND ON VICTRON 〜ふるさとの旅〜』が、拙監修【Light Mellow's Picks】(タワーレコード限定)でCDリイシュー。久美さんは、86年から30年近く山下達郎のバンドでコーラスを務めたことで知られるが、その後も引き続きMISIAや大野雄二のルパン関連プロジェクト:Fujikochansなどで歌っている。一昨年のNHK紅白歌合戦では、MISAのバックを務める久美さんと、ユーミンのコーラス・レギュラーとなった愛娘:詩織ちゃんが変則的親子共演。目を細めてそれを観ていた業界人・関係者も多かったのでは?
でもそんな久美さん、実は業界入りのキッカケはヴォーカルではなく、何とキーボードで。それもポップスとは縁遠い電子オルガンの奏者だった。ただし実際のところ、セッション・シーンで活躍する鍵盤奏者のプロフィールを紐解いてみると、エレクトーン出身という人は意外に少なくなくて。
…とはいえ、電子オルガン奏者としてアルバムを出している例は、そうないはず。ビクトロンというのは、日本ビクター(当時)の電子オルガン・ブランドで、一番馴染みのあるエレクトーンはヤマハのブランド。違う点は、ハモンド・オルガンと同じドローバー(音質調整のレバー)を採用しているのがビクトロンだそうで。それをデパートの楽器売り場で試奏していたら、「オーディションに出てみないか」と声を掛けられ、見事に合格して、 “小学生の最年少天才プレイヤー” としてプロのビクトロン奏者になったそうだ。
それから5人組のビクトロン・シスターズのメンバーとして、コンサート・ツアーやデモ演奏で全国行脚の毎日。海外にも演奏旅行に出掛けたという。メンバー最年少の彼女は、ビクトロン界隈では憧れの対象だったらしく、そこからデビューの話に発展したそうだ。電子オルガン出身という経歴以上に面白いエピソードは、是非CDの解説にて。
19歳でレコーディングしたこのアルバムは、「?」なサブ・タイトルからも察せられるように、実は民謡のインストゥルメンタル集。<佐渡おけさ> <黒田節> < ソーラン節><おてもやん>< 花笠音頭><ドンパン節><炭坑節>に<安里屋ユンタ>など、ほとんど盆踊りかNHKのど自慢ぐらいでしか聴けない曲が並んでいる。コレ、元々はビクトロンの音楽教室向けの企画だったそうで、生徒さんたちに買ってもらえれば採算はとれる、というシロモノだったとか。でもクロスオーヴァー黎明期、今でいう和ジャズの世界では、ジャズ・プレイヤーが純邦楽に挑戦したり、和楽器奏者との共演、伝統芸能との融合を目指すことは珍しくなく、様々なチャレンジが果敢に行われていた。このアルバムが真っ先にクラブで再評価されたというのも、そうしたサブカル的なネタ物を好むDJたちが面白がったからだろう。
最初は驚いたという久美さん自身も、「オルガンならジミー・スミス、ジョニー・ハモンド、シャーリー・スコットなどジャズ系から始まって、その後ビリー・プレストンにハマり、お決まりのジョン・ロード(ディープ・パープル)、プロコル・ハルム、そしてゴスペル。今でも大好きなのは、ビリー・プレストン『MUSIC IS MY LIFE』(72年)です」という嗜好。日本古来のスピリチュアル・ミュージックである民謡をソウル・ジャズ・スタイルのインストで演奏するのは、あながち的外れではなかった。
そして、五輪真弓やガロ、泉谷しげるとの活動で頭角を現したベース奏者:入江寛に相談。彼がアレンジも元締めになって、しばしばコンビを組むドラムの四ツ田ヨシヒコ(柳ジョージ&レイニーウッド)をはじめとして、山岸潤史(g)、斎藤ノブ(perc)、緒方泰男(kyd)らを集め、このアルバムになった。
でも所詮 民謡と、聴かず嫌いは厳禁で。確かに素材は民謡だけれど、テーマをちょろっと弾いた後は、全く別の展開になり、グイグイとファンキーにグルーヴしながら、アグレッシヴな鍵盤プレイで攻めていく。ビクトロンの音色もハモンド・オルガンを研究しただけあって、なかなか深いトーンで鳴っており、電子オルガンのイメージが変わること請け合い。時にはかなりシンセっぽい音も出していて、結構多彩な楽器なのだと興味を惹かれる。まさに換骨奪胎。そしてココでの経験が、彼女をセッション・ミュージシャンへの道へと誘っていくのである。
以前からの顔見知りなので、解説を書くのに軽くメール取材をさせてもらっただけなのだが、面白い話がポンポン。そのひとつがコレ。
「達郎バンドにいた時、何処で仕入れたのか達郎さんがコレを持って来て、“何でも言うこと訊いてくれるよね〜?” って。誰も知ってるはずがないと思っていたので、悲鳴を上げました。“もちろんでございます。お代官様 ご勘弁を〜”って(笑)」
以下、タワーレコード・オンライン
ソウル・サウンド・オン・ビクトロン / CD
ソウル・サウンド・オブ・ビクトロン /アナログ盤
…とはいえ、電子オルガン奏者としてアルバムを出している例は、そうないはず。ビクトロンというのは、日本ビクター(当時)の電子オルガン・ブランドで、一番馴染みのあるエレクトーンはヤマハのブランド。違う点は、ハモンド・オルガンと同じドローバー(音質調整のレバー)を採用しているのがビクトロンだそうで。それをデパートの楽器売り場で試奏していたら、「オーディションに出てみないか」と声を掛けられ、見事に合格して、 “小学生の最年少天才プレイヤー” としてプロのビクトロン奏者になったそうだ。
それから5人組のビクトロン・シスターズのメンバーとして、コンサート・ツアーやデモ演奏で全国行脚の毎日。海外にも演奏旅行に出掛けたという。メンバー最年少の彼女は、ビクトロン界隈では憧れの対象だったらしく、そこからデビューの話に発展したそうだ。電子オルガン出身という経歴以上に面白いエピソードは、是非CDの解説にて。
19歳でレコーディングしたこのアルバムは、「?」なサブ・タイトルからも察せられるように、実は民謡のインストゥルメンタル集。<佐渡おけさ> <黒田節> < ソーラン節><おてもやん>< 花笠音頭><ドンパン節><炭坑節>に<安里屋ユンタ>など、ほとんど盆踊りかNHKのど自慢ぐらいでしか聴けない曲が並んでいる。コレ、元々はビクトロンの音楽教室向けの企画だったそうで、生徒さんたちに買ってもらえれば採算はとれる、というシロモノだったとか。でもクロスオーヴァー黎明期、今でいう和ジャズの世界では、ジャズ・プレイヤーが純邦楽に挑戦したり、和楽器奏者との共演、伝統芸能との融合を目指すことは珍しくなく、様々なチャレンジが果敢に行われていた。このアルバムが真っ先にクラブで再評価されたというのも、そうしたサブカル的なネタ物を好むDJたちが面白がったからだろう。
最初は驚いたという久美さん自身も、「オルガンならジミー・スミス、ジョニー・ハモンド、シャーリー・スコットなどジャズ系から始まって、その後ビリー・プレストンにハマり、お決まりのジョン・ロード(ディープ・パープル)、プロコル・ハルム、そしてゴスペル。今でも大好きなのは、ビリー・プレストン『MUSIC IS MY LIFE』(72年)です」という嗜好。日本古来のスピリチュアル・ミュージックである民謡をソウル・ジャズ・スタイルのインストで演奏するのは、あながち的外れではなかった。
そして、五輪真弓やガロ、泉谷しげるとの活動で頭角を現したベース奏者:入江寛に相談。彼がアレンジも元締めになって、しばしばコンビを組むドラムの四ツ田ヨシヒコ(柳ジョージ&レイニーウッド)をはじめとして、山岸潤史(g)、斎藤ノブ(perc)、緒方泰男(kyd)らを集め、このアルバムになった。
でも所詮 民謡と、聴かず嫌いは厳禁で。確かに素材は民謡だけれど、テーマをちょろっと弾いた後は、全く別の展開になり、グイグイとファンキーにグルーヴしながら、アグレッシヴな鍵盤プレイで攻めていく。ビクトロンの音色もハモンド・オルガンを研究しただけあって、なかなか深いトーンで鳴っており、電子オルガンのイメージが変わること請け合い。時にはかなりシンセっぽい音も出していて、結構多彩な楽器なのだと興味を惹かれる。まさに換骨奪胎。そしてココでの経験が、彼女をセッション・ミュージシャンへの道へと誘っていくのである。
以前からの顔見知りなので、解説を書くのに軽くメール取材をさせてもらっただけなのだが、面白い話がポンポン。そのひとつがコレ。
「達郎バンドにいた時、何処で仕入れたのか達郎さんがコレを持って来て、“何でも言うこと訊いてくれるよね〜?” って。誰も知ってるはずがないと思っていたので、悲鳴を上げました。“もちろんでございます。お代官様 ご勘弁を〜”って(笑)」
以下、タワーレコード・オンライン
ソウル・サウンド・オン・ビクトロン / CD
ソウル・サウンド・オブ・ビクトロン /アナログ盤













































