



フィラデルフィア・ソウルの立役者の一人である名エンジニア、ジョー・ターシャが11月2日に死去。享年88歳。フィラデルフィアのレーベル:カメオ・パークウェイのチーフ・エンジニアを務めていたターシャが、独立後の68年にシグマ・サウンド・スタジオを開設。間も無くカメオ・パークウェイが倒産してしまったため、そこを本拠としていたケニー・ギャンブル&レオン・ハフらがシグマに移って、多くの名盤が作られていった。
自分がソウル〜R&Bを広く聴くようになったのは70年代後半からなので、フィリー・ソウルの黄金期はリアル・タイムでは体験していない。多分、彼の名を意識するようになったのは、テディ・ペンダーグラスあたりがキッカケじゃなかったか? それからデニース・ウィリアムス『NIECY』(82年)とか、マクファッデン&ホワイトヘッド『MOVIN' ON』(83年)、パティ・ラベル『I'M IN LOVE AGAIN』(83年)などをオンタイムで楽しみつつ、フィリー・ソウルの名作を遡っていった。
フィリー・ソウルを語るとき、ケニー・ギャンブル&レオン・ハフ、トム・ベル、それに続く重要人物と言えるのがジョー・ターシャだった。 Rest in Peace...
フィリー・ソウルを語るとき、ケニー・ギャンブル&レオン・ハフ、トム・ベル、それに続く重要人物と言えるのがジョー・ターシャだった。 Rest in Peace...




































