allman_fillmoreallman_bro&sis
dicky bettsdicky betts_great southern

新聞などでも既報の通り、オールマン・ブラザーズ・バンドの結成メンバーであるディッキー・ベッツが、4月18日朝、癌と慢性閉塞性肺疾患との闘病の末、フロリダ州オスプリーの自宅で家族に見守られながら息を引き取ったことが伝えられた。享年80歳。

フォレスト・リチャード・“ディッキー”・ベッツは1943年12月、フロリダ州ウエスト・パーム・ツリー生まれ。69年にデュエインとグレッグのオールマン兄弟、当時セカンド・カミングというバンドのメンバーだったディッキーとベリー・オークリー(b) がジャム・セッションし、意気投合したところから、栄光のオールマン・ブラザーズ・バンドが誕生した。最初の2枚のアルバムは不発だったが、3作目のライヴ・アルバム『AT FILLMORE EAST』(71年)が成功。いよいよココから、という時に、リーダー作のデュエイン、ついでベリー・オークリーが相次いでバイク事故で命を落とし、ディッキーとグレッグがバンドを牽引していくことになる。

その新体制となった1作目『BROTHERS & SISTERS』では、ディッキーの持ち味が全開に。全米2位と彼ら最大のヒットになった<Ramblin' Man>、インスト名曲<Jessica>が、ディッキーのペンから生まれている。リチャード・ベッツ名義でリリースした初ソロ・アルバム『HIGHWAY CALL』も、その勢いを駆って74年に出された。しかしオールマン本体は、ドラッグ絡みでメンバー間に深い確執が生まれ、76年に解散。ディッキーは新たにディッキー・ベッツ&グレート・サザーンを結成し、アリスタから2枚のアルバムを発表。78年のオールマン再結成は、ディッキーとグレート・サザーンのメンバーを中心に、グレッグなどのオリジナル・メンバーが合流したカタチだった。

オールマンズはその後も断続的に活動停止・再開を繰り返し、ディッキーもその中心にいたが、90年代後半からはアルコール問題を抱え、バンドから離れることに。その後はディッキー・ベッツ・バンドを率いて活動を継続していた。

ディッキーの訃報で思い出すのは、やはり<In Memory Of Elizabeth Reed>とか<Ramblin' Man>、<Jessica>あたり。ブルース中心のサザン・ロック・バンドというパブリック・イメージがあるが、実はジャズっぽい曲があったり、カントリーっぽかったりで、その振り幅の広さをディッキーと『BROTHERS & SISTERS』から加入したチャック・リーヴェルが演出していた感がある。自分がオールマンを聴くようになった頃には、もうデュエインは亡くなっていたので、ディッキーの方が身近に感じられたりも…。そしてかくいう自分も学生時代、ツイン・ドラムでオールマンのカヴァーを演っていた時期があるから、それなりに思い入れは深いのよ…。

Rest in Peace...

《amazon》
ハイウェイ・コール(生産限定盤)
リチャード・ベッツ
Universal Music
2021-04-28

《Tower Recordはココから》

《amazon》
ディッキー・ベッツ & グレート・サザン / アトランタズ・バーニング・ダウン
ディッキー・ベッツ & グレート・サザン
BSMF RECORDS
2018-12-21

《Tower Recordはココから》