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レコード・コレクターズ6月号【フュージョン・ベスト100 邦楽編】ランキング選出に参加の上、総論的な『日本のフュージョンとは何だったか』5ページを執筆しています。レビューは5枚、11位の渡辺香津美『TO CHI CA』、26位『GUITAR WORKSHOP』、39位 高中正義『TAKANAKA』、40位 角松敏生『SEA IS A LADY』、83位 鈴木宏昌『ハイ・フライング』を執筆。

前号の洋楽編と同じように、フュージョン自体の評価軸が大きく変化していて、それゆえにレココレ誌で特集が組まれたワケで、各楽器のプレイヤー系音専誌やかつてのアドリブ誌のようなフュージョン観とは大きく変わってきている印象。アンビエントやニュー・エイジ、オーディオ・レコードの類いなど、フュージョンとひと括りにしてイイものかどうか、線引きの難しさもあるな。でもYMOだって、テクノというコトバが出てくる前はクロスオーヴァー/フュージョンとして扱われていたコトを考えれば、納得できる部分も。ただし、そういう歴史観のない若い筆者もいるので、半ばコンフュージョンしている。そこが面白くもアリ、悩ましくもアリ。

同じフュージョンでも洋楽と邦楽で多く違うのは、アーティストとの距離の近さから発生するファンの熱量だ。洋楽フュージョンのファンは押し並べて音楽的にフラットで、オトナのスタンス。対して邦楽フュージョン・ファン、特に2組の大物バンドとその後継バンドに連なるファンたちは、何処かアイドル・ファンとも通じ合うほどに情熱的で一直線だったりする。それが逆にアーティストへの圧力となり、彼らから創作の自由を奪ってしまう。結果として、アーティストは拡大再生産を繰り返すハメに陥っていく。そういう傾向が確かにある。多少は売れないとアルバムなんて作れないのも事実だが、売れたら売れたで 、その路線を守らないとイケなくなる。大胆なトライアルは攻撃され、保守的にならざるを得ない。そういうジレンマを抱えたまま、日本のフュージョンはドンドン衰退していった。だから近年の再評価は、70年代前半のクロスオーヴァー黎明期のような、混沌とした面白さがある。

選者の個人アンケートで挙げた30枚中25枚が100入りというのは、まぁまぁ好成績かな? その先は是非手にってお確かめください。

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レコード・コレクターズ 2024年6月号
ミュージック・マガジン
2024-05-15

《Tower Records はココから》