linda ronstadt_cry like a rainstorm

ワーナー・ジャパンが再始動させた洋楽名盤シリーズ【Forever Young】で、今月末にリンダ・ロンシュタットのアサイラム期主要7作が復刻される。その中には、紙ジャケ化含め、長くスルーされ続けてきた『MAD LOVE(激愛)』(80年) と『GET CLOSER』(82年) もラインナップされていて。“オォ、これは”と思っていたら、なんと少し前にこの89年名盤が、35周年記念盤としてサード・パーティーからアナログ復刻されていた。89年といえばもうCD時代に入っていて、新作アナログ盤は珍しかった時期。いち早くCDの波が押し寄せていた日本では、当然のようにCDだけの発売だったと記憶する。

ウエストコーストの歌姫として愛されたリンダだけれど、彼女の70年代作品群をAORと呼ぶには違和感がある。でもジャズ・スタンダード期や、ルーツに戻ったドリー・パートン、エミルー・ハリスとのカントリー共演作を経てポップ・フィールドに帰ってきたこのアルバムは、もうそういう細かいカテゴライズなど超越して、大らかなアダルト・コンテンポラリーになっていた。もちろんそれだって直球AORではないけれど、ジェイムス・イングラムと歌ったサントラ用絶品デュオ<Somewhere Out There>(全米2位)を受けての作品だけに、注目すべきポイントがたくさんあって。

リンダは元からメチャクチャ歌の上手い人。だけど70年代は、周囲のミュージシャン仲間や多くのファンにチヤホヤされ、マスコット的愛くるしさでスイスイ乗り切ってしまった感がある。でも40歳代も半ばに差し掛かって出したコレは、バーブラ・ストライサンドを髣髴させる完璧さを演出しようとしたのかもしれない。

楽曲も実に丁寧、周到に選び抜かれていて。まずジミー・ウェブ作品を新旧4曲。80年代にグレン・キャンベルが歌った<Still Within' the Sound of My Voice>と<Shatterd>、82年作『ANGEL HAERT』に用意しながらそこでは世に出なかった<Adios>、68年にウェブ自ら歌い、レイ・チャールズやアリス・クラークも取り上げた<I Keep It Hid>をチョイス。タイトル曲<Cry Like A Rainstorm>は、エリック・カズが初ソロ『IF YOU'RE LONELY』(72年) で発表し、ボニー・レイットがすぐに歌っていた。バリー・マン=シンシア・ワイル夫妻とトム・スノウの共作<Don't Know Much>は、ビル・メドレーが81年に歌ったもの。サム&デイヴが67年にヒットさせた<When Something Is Wrong With My Baby(僕のベイビーに何か?)>は、アイザック・ヘイズ作で、いわばソウル・クラシックとして。そしてリンダのお気に入り、というより、リンダが楽曲を取り上げたことで浮上するチャンスを掴んだカーラ・ボノフが、<All My Life><Trouble Again><Goodbye My Friend>と3曲を提供している。異色なようで納得なのが、ポール・キャラックの2nd 『SUBURBAN VOODOO』(82年) からのカヴァー<I Need You>と<So Right, So Wrong>。共にニック・ロウ他との共作だが、リンダがジャズ期前にエルヴィス・コステロの曲を歌っていたコトを考えたら、不思議でも何でもない。

このように、ウェッブ、マン=ワイル、トム・スノウ、エリック・カズといったライター陣が並ぶだけでもワクワクもの。曲を書かない、純粋な歌唄いであるリンダだから、昔から選曲の巧さには定評があったけれど、これはダントツだな。しかもそこにもう一枚、アーロン・ネヴィルという “天使の歌声” を連れてきた。デュエットしたのは、<All My Life><I Need You><Don't Know Much><僕のベイビーに何か?>の4曲。これはもうパーフェクトな持ち札に、ジョーカーまで引いてしまったようなモノだ。

こういうアルバムは参加メンバーの陣容云々に左右されるモノではないけれど、まさに豪華絢爛間違いなし。ディーン・パークス/マイケル・ランドウ (g), ドン・グロルニック/ウィリアム・D・スミス(pf), ロビー・ブキャナン (kyd), リー・スカラー/デヴィッド・ハンゲイト (b), カルロス・ヴェガ /ラス・カンケル(ds) に、ローズマリー・バトラー/アーノルド・マッカラー (cho)。これにアンドリュー・ゴールドがギターで乗っかっているのがリンダ作品らしい。

ストリングス・アレンジはマーティ・ペイチとデヴィッド・キャンベル。タイトル曲ほか数曲ではゴスペル・クワイアを交え、壮大なスケール感を創出する。もちろんジミー・ウェッブは、自作曲ではピアノを弾いたりも。あぁ、タワー・オブ・パワーの参加もあったな。そして<Adios>の美しいハーモニーは、なんとブライアン・ウィルソン。コーラスだけでなく、ヴォーカル・アレンジも彼自身に拠る。この曲のみ、作曲したウェッブが弦アレンジまで引き受けているのも、ブライアンの参加あればこそ、だろう。夢見心地でいると、いきなり西海岸ロックした<Trouble Again>で我に返るけど、これとて曲の後半はオーケストラ・アレンジを効かせていて、オトナのリンダをアピールする。まさに完膚なきプロダクツ、芸術品。プロデュースは言うまでもなくピーター・アッシャーだ。

今は難病であるパーキンソン病を患って、隠居してしまっているリンダ。自分も母親が同じ病気で逝ったので、情報がなくても、個人差の大きい病でも、何となくは状況の想像がつく。ジョニ・ミッチェルみたいにドラマチックな復活を期待しても、それは十中八九ムリ。今はただ、少しでも長く、穏やかな余生を送ってほしいものである。

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