thierry condor best

スイス在住のミドル・エイジAORシンガー、ティエリー・コンドール。熱心なAORフリークの間ではソコソコ知られていたと思うが、この最新作でようやく日本で正式に紹介されることになった。形としてはヨーロッパからの輸入盤に筆者解説と帯を付けた国内仕様盤になるが、これは彼の知名度を上げる大きなチャンスになる。

ティエリーはドイツとイタリアにルーツを持ち、スイス国内のフランス語圏で生まれたマルチリンガル。独学でギター、ピアノ、ドラム、サックスを習得し、ビートルズに感化されて育っている。学校を出た後は仕事で何度も米国を訪れ、ウエストコースト・ポップやジャズ、R&Bへの愛情と知識を深め、長期滞在したシカゴではヴォーカル・レッスンを経験。帰国後もジャズ・スクールでトレーニングを続け、週末などに音楽活動。立派に4人の子供を育てたという。

ティエリーの名が多少なりとも知られるようになったのは、同じスイスのピアニスト/プロデューサー、ウーズ・ウィーゼンダンガーの98年作『THE REAL ME』がキッカケだ。ウーズはジェイ・グレイドンも認めるヨーロッパきってのデヴィッド・フォスター・フォロワー。『THE REAL ME』にもジェフ・ローバーやロビー・ブキャナン、ジョン・ロビンソン、エリック・マリエンサルといった米国勢が参加していた。そこでシンガーとして2曲にフィーチャーされていたのがティエリーである。その後もウーズとの関係は深まり、05年作『SOMEBODY NEW』(ジェイ・グレイドンやマイケル・ランドウも参加)でも2曲リード・ヴォーカルを担当。しかも他のヴォーカル陣がウォーレン・ウィービー、ジェフ・ペシェット、マイケル・センベロ、ビル・キャントスなのだから、「これは誰だ?」と大きな注目が集まった。そして06年には、女性ヴォーカリスト:ミリアム・ディーと共にフィーチャリング・シンガーとして『A CHRISMAS EVE IN L.A.』(Contante & Sonante)というホリデイ企画作に参加した。

そして13年になると、ウーズ・プロデュースによるティエリーのソロ・プロジェクトがスタート。これが自身やウーズの作・共作を中心とするオリジナル・アルバム『TENDERLY』、AORカヴァー集『STUFF LIKE THAT』、『A CHRISMAS EVE IN L.A.』でティエリーが歌ったホリディ・ソング7曲に新録曲を加えて再構成した『THIS IS CHRISTMAS』の3作品を同時リリースするという壮大なもので。ただしCD流通は、一番歓迎されそうなAORカヴァー集『STUFF LIKE THAT』のみ。その内容も凄かった。リー・リトナー<It Is You>、ハービー・ハンコック<Lite Me Up>、イエロージャケッツでボビー・コールドウェルが客演した<Lonely Weekend>、ドナルド・フェイゲンがkyd奏者グレッグ・フィリンゲインズに提供した<Lazy Nina>、スティーヴ・ルカサーとランディ・グッドラムの共作でケニー・ロジャースが歌った<If I Could Hold On To Love>など、AORフリーク悶絶の楽曲ばかりで、“この新人、やっぱり只者じゃない”と驚かされたのである。それに続き、再びマニアックなAORカヴァーにオリジナル楽曲を混ぜた折衷的アルバム『SO CLOSE』、グレイドンやフェランテが参加してニュー・マテリアルばかりで構成された意欲作『CITY NIGHTS』をリリース。そのアルバムから<City Nights><Day By Day><Only The Lonely>の3曲が本作に収められている。

かくしてこのソロ6枚目『ESSENTIAL COLLECTION AND MORE』である。これはタイトル通り、既発表作品からお気に入りのナンバー6曲を選び、そこにデジタルでしか入手できなかった14年発表のデジタル・シングル2曲<Perdono>と<Open Heart Surgery>を追加。そして“AND MORE”は、今年リリースされたばかりの7曲入りデジタルEP、その名もズバリの『MORE』を指している。早い話、ベストと最新曲を半分ずつ収録した、CD限定のスペシャル・コレクションなのだ。

この最新EP『MORE』収録曲の多くがティエリーやウーズの作・共作曲で、どれからも明らかな成長ぶりが窺える。24年超の長きに及ぶティエリーとウーズの蜜月コラボは、ますます濃厚なモノになったようだ。例えば<So, What Else>のスティーリー・ダン的手法。かってのフォスター偏愛が蘇ったかのような<Lost In The Woods>は、ディズニー映画『アナと雪の女王2 (Frozen II) 』の挿入曲。またラストを飾る<Over You>は、レイ・パーカーJr.とナタリー・コールが87年に発表した甘美なデュエット・チューン。バート・バカラックと作詞家キャロル・ベイヤー・セイガー夫妻(当時)がレイのために書き下ろしたバラードで、R&Bチャート10位を記録している。が、そのポテンシャルからすれば、もっと上位にランクされて然るべき名曲で、ポップ・チャートへのランクインがなかったのが意外なほど。さすがカヴァー・セレクトに長けたティエリー&ウーズのコンビである。スイスの現行AORシーンを支える2人には、今後も目が離せそうにない。

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