chicago 1971

先月開催されたBlue Note Jazz Festival in Japan @有明アリーナ、2日目のトリを務めたシカゴの最新リリースは、蔵出しの貴重な未発表ライヴ・アルバム『CHICAGO AT THE JOHN F. KENNEDY CENTER FOR THE PERFORMING ARTS, WASHINGTON D.C., 9/16/1971』。完成直後のケネディ・センターの、実質杮落としコンサートをCD3枚組/LP4枚組に収録したものである。

1971年のシカゴというと、『CHICAGO III』のプロモーション・ツアーに明け暮れた一年で、4月にはニューヨークのカーネギー・ホールで6日間公演を敢行。そのライヴ盤をLP4枚組でリリースした。次いで英欧を廻り、その足で6月に初来日。その後北米ツアーを再開し、9月にこのワシントンD.C.でのショウに臨んでいる。この時期のシカゴのライヴ盤では、『CHICAGO V』を挟んだ2度目の来日時(72年6月)にライヴ録音されたLP2枚組『LIVE IN JAPAN』が忘れ難いが、今回の発掘ライヴはちょうど『CHICAGO AT CARNEHIE HALL』と『LIVE IN JAPAN』の中間期に当たる。そのタイミングを考えただけでも、充実の内容が保証されたようなモノ。1曲<Goodbye>だけは、2018年リリースのボックス『VI DECADES LIVE (This Is What We Do)』(4CD+DVD) で既発表ながら、それ以外はすべて初公開。もちろん、この夏から先行配信リリースされていた<Saturday In The Park>と<25 Or 6 To 4(長い夜)>を除いて、だが。

ちなみにこの2曲には、アルバム・リリースを盛り上げるような、楽しいエピソードが。まず<長い夜>では、ピーター・セテラがコーラス・パートの歌詞を間違えて歌ったのが、そのまま収録されていること。そして今やロバート・ラムの代表曲として広く認知されている<Saturday In The Park>を、そのセテラが歌っていたこと。おそらくアレンジがほぼ固まっていたため、『CHICAGO V』のレコーディング前からステージに掛けて、オーディエンスの反応を見定めていたのだろう。その時、最初に歌っていたのはセテラだったのだ。でも何かシックリ来なかったのか、レコーディングでは作者であるラムが歌うことになった。

同じように『CHICAGO V』に収録される<Dialogue>も、ラムとテリー・キャスが掛け合いヴォーカルを担当。お馴染みのスタジオ・ヴァージョンではキャスとセテラが歌っていて、セテラのハイトーンが際立つが、この段階ではまだそこには至っていない。完成形の<Dialogue>はパート2に繋がるが、それもまだ生まれていないようだ。それだけツアーのスケジュールが詰まっていたのかもしれないが、シカゴは元来ライヴで試行錯誤しながら楽曲を仕上げていくタイプはないので、こういう初期のヴァージョン違いが聴けるのは貴重。他にも『CHICAGO II(シカゴと23の誓い)』からの<It Better End Soon(栄光への旅路)>が、カーネギー同様にライヴ仕様の5楽章ヴァージョンだったり、そういう聴き比べが楽しそうだ。

ちなみにそのカーネギー・ライヴ、05年に出たCD4枚組拡大版まではゲットしたけれど、21年に出たマチネ公演を含む全8公演を網羅したCD16枚組セット『CHICAGO AT CARNEHIE HALL COMPLETE』は、さすがにスルーしてしまっている。個人的にはアレより『III』から『V』への進化のプロセスが覗ける本ライヴの方がずっと興味深いし、日本盤に於ける伊藤英世氏(シカゴ研究の第一人者)に拠るMCまで含めた詳細訳が、ライヴならではの臨場感を伝えてくれるようでありがたい。

正直なところ、ラム、ジェイムス・パンコウ、リー・ロックネイン+その他大勢になってしまった現行シカゴへの愛着は薄いし、個人的にはこのブラス・ロック期より、セテラが中心になってポップ志向を強めた時期の方が好みではある。でもその看板が受け継がれている限り、自分はシカゴを聴き続けるんだろうな。





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