

不本意ながら訃報が続きます。今回はソウル〜R&B系ではなく、少しAOR寄りのところでロバート・ジョン。ビー・ジーズを髣髴とさせるファルセット・ヴォイスを武器に、トーケンズ61年ヒットのカヴァー<ライオンは寝ている (The Lion Sleeps Tonight)>(72年/全米3位)や<Sad Eyes>(79年/全米首位)のヒットを飛ばしたシンガー・ソングライター。死因は明らかではないが、数年前に重度の脳卒中で倒れたまま完全回復を果たせず、24日に旅立ったそうだ。享年79。
ロバート・ジョンは苦労人だった。本名ロバート・ジョン・ペドリック・ジュニアとしてニューヨークのブルックリンで生まれ、ドゥワップ・スタイルで活動。58年に12歳でシングル<White Bucks and Saddle Shoes>を全米79位に送り込み、大きな注目を浴びた。更に60年代前半は、ボビー・アンド・ザ・コンソールズを組んでリード・シンガーとして活動。シングルを発表したものの不発で、グループも短命に終わった。この頃、喉に変調を来たし、ハイトーンが出なくなったことからファルセットで歌うように。それから旧知のマイケル・ゲイトリーとソングライター・コンビを組み、68年にロバート・ジョンの名で米コロムビアから初アルバム『IF YOU DON'T WANT MY LOVE』を発表。タイトル曲は全米49位を記録した。
70年にA&Mへ移籍し、数枚のシングルを発表。スマッシュ・ヒットも出た。ゲイトリーとの作家活動も回り始め、ブラッド・スウェット&ティアーズやルー・ロウルズらに楽曲提供。自らは71年にアトランティックから<ライオンは寝ている>のカヴァー・ヒットを生んだ。しかしこのヒットは偶発的なもので、元々ルー・クリスティが歌う予定だったものがキャンセルされたため、急遽ロバートが歌うことになったとか。そのためかアトランティックは彼をフォローせず、トップ3ヒットを生んだにも関わらずアルバム制作もできない。ショウビジネスに幻滅したロバートは歌を止め、建設現場の日雇い労働や郵便局で働いていたという。
しかし捨てる神あれば拾う神もいて…。78年、以前のシングルに関わっていたプロデューサー:ジョージ・トービンから声が掛かり、EMI Americaと契約して、『ROBERT JOHN(サッド・アイズ)』『BACK ON THE STREET』をリリース。79年の全米No.1ソング<Sad Eyes>をスタートに、この2作から<Lonely Eyes><Hey There Lonely Girl><Sherry>を全米チャートに送り込んでいる。<Hey There Lonely Girl>はルビー&ザ・ロマンティックの<Hey There Lonely Boy>(63年/全米27位)のカヴァーで、70年エディ・ホルマンで全米2位。日本では山下達郎のライヴ・ヴァージョンでも知られている。
このロバートの2枚のアルバム、作品的には甲乙受け難いが、楽曲単位ではやはり<Sad Eyes>入りの『ROBERT JOHN』、アルバムとしてまとまりが良いのは『BACK ON THE STREET』という印象だ。『ROBERT JOHN』はまだ筆者監修の廉価再発盤が購入可能なので、ゆったり聴きたいヴォーカル系ブルー・アイド・ソウル作品としてオススメしておく。
EMI Americaでの2作後、ロバートはモータウンへ移籍。再びスマッシュ・ヒットを出すが、そこでもまたアルバム出せず。結局 音楽業界から身を引き、ラスヴェガスで印税生活を送っていたという。
Rest in Peace...
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《Tower Records はココから》
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70年にA&Mへ移籍し、数枚のシングルを発表。スマッシュ・ヒットも出た。ゲイトリーとの作家活動も回り始め、ブラッド・スウェット&ティアーズやルー・ロウルズらに楽曲提供。自らは71年にアトランティックから<ライオンは寝ている>のカヴァー・ヒットを生んだ。しかしこのヒットは偶発的なもので、元々ルー・クリスティが歌う予定だったものがキャンセルされたため、急遽ロバートが歌うことになったとか。そのためかアトランティックは彼をフォローせず、トップ3ヒットを生んだにも関わらずアルバム制作もできない。ショウビジネスに幻滅したロバートは歌を止め、建設現場の日雇い労働や郵便局で働いていたという。
しかし捨てる神あれば拾う神もいて…。78年、以前のシングルに関わっていたプロデューサー:ジョージ・トービンから声が掛かり、EMI Americaと契約して、『ROBERT JOHN(サッド・アイズ)』『BACK ON THE STREET』をリリース。79年の全米No.1ソング<Sad Eyes>をスタートに、この2作から<Lonely Eyes><Hey There Lonely Girl><Sherry>を全米チャートに送り込んでいる。<Hey There Lonely Girl>はルビー&ザ・ロマンティックの<Hey There Lonely Boy>(63年/全米27位)のカヴァーで、70年エディ・ホルマンで全米2位。日本では山下達郎のライヴ・ヴァージョンでも知られている。
このロバートの2枚のアルバム、作品的には甲乙受け難いが、楽曲単位ではやはり<Sad Eyes>入りの『ROBERT JOHN』、アルバムとしてまとまりが良いのは『BACK ON THE STREET』という印象だ。『ROBERT JOHN』はまだ筆者監修の廉価再発盤が購入可能なので、ゆったり聴きたいヴォーカル系ブルー・アイド・ソウル作品としてオススメしておく。
EMI Americaでの2作後、ロバートはモータウンへ移籍。再びスマッシュ・ヒットを出すが、そこでもまたアルバム出せず。結局 音楽業界から身を引き、ラスヴェガスで印税生活を送っていたという。
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間もなく新譜LPで出た『BACK ON THE STREET』を買って来てずいぶん聴きまくりました。
FLAKESのバージョンも好きなんですけど、やはりエディ・ホルマンとこの人のが横綱だと思うのです。