


4月最後のポストも訃報です。スピリチュアル・ジャズの伝説的シンガー&ピアノ奏者のアンディ・ベイが、26日にニュージャージー州イングルウッドで死去。享年85。ジョン・コルトレーンのフェイヴァリット・シンガーだったことでも知られている。
アンディ・ベイことアンドリュー・ワイドマン・ベイ・Jr.は1939年、ニュージャージーのニューアーク生まれ。少年時代から歌とピアノで神童ぶりを発揮し、12歳でアポロ・シアターでルイ・ジョーダンと共演した。60年代初頭、妹たちとアンディ&ザ・ベイ・シスターズとして歌い始め、パリのブルーノートではしばらくレギュラーを務める人気を得たらしい。兄妹トリオ解散後はセッション活動へ進み、デューク・ピアソンやマックス・ローチ、マッコイ・タイナー、ロニー・リストン・スミス、ローランド・カーク、エディ・ハリスらと共演。70年代に入ってホレス・シルヴァーやゲイリー・バーツに請われ、彼らの作品にスピリチュアルなヴォーカル・パフォーマンスを提供した。
73年にディー・ディー・ブリッジウォーターと共にスタンリー・クラークの1stソロ『CHILDREN OF FOREVER』でフィーチャー。その勢いで、翌年に初ソロ作『EXPERIENCE AND JUDGEMENT』をリリースしている。でもこのアルバム、実際は70年にレコーディングされていたそう。それがすぐにリリースされなかったところに、当時の彼の難しいポジションが窺える。現にベイはこのアルバムを出した後、舞台で歌うなどしていたが、そうした活動のリアクションの薄さに失望したか、表舞台から姿を消してヨーロッパで音楽を教えながら、ごく小さなジャズ・クラブで歌っていたらしい。彼のアルバムが評価されるようになったのは、レア・グルーヴやブレイクビーツといったクラブ的発想による新しいジャズ解釈が始まってからのコトだ。
90年代後半から数作をインディ・リリースした後、04年にサヴォイから『AMERICAN SONG』を発表。こってりしたダンディなバリトン・ヴォイスは健在で、リリシズムとインテリジェンスに溢れた歌い口は円熟の極みに。アルバムはグラミー“Best Jazz Vocal Album”にノミネートされ、全米ジャズ・ジャーナリスト協会からはVocalist Of The Yearに選出された。1年遅れの国内盤は拙ライナー。その後10年で3〜4作をリリースするも、日本では注目されず、静かに晩年を迎えたようだ。
Rest in Peace...
73年にディー・ディー・ブリッジウォーターと共にスタンリー・クラークの1stソロ『CHILDREN OF FOREVER』でフィーチャー。その勢いで、翌年に初ソロ作『EXPERIENCE AND JUDGEMENT』をリリースしている。でもこのアルバム、実際は70年にレコーディングされていたそう。それがすぐにリリースされなかったところに、当時の彼の難しいポジションが窺える。現にベイはこのアルバムを出した後、舞台で歌うなどしていたが、そうした活動のリアクションの薄さに失望したか、表舞台から姿を消してヨーロッパで音楽を教えながら、ごく小さなジャズ・クラブで歌っていたらしい。彼のアルバムが評価されるようになったのは、レア・グルーヴやブレイクビーツといったクラブ的発想による新しいジャズ解釈が始まってからのコトだ。
90年代後半から数作をインディ・リリースした後、04年にサヴォイから『AMERICAN SONG』を発表。こってりしたダンディなバリトン・ヴォイスは健在で、リリシズムとインテリジェンスに溢れた歌い口は円熟の極みに。アルバムはグラミー“Best Jazz Vocal Album”にノミネートされ、全米ジャズ・ジャーナリスト協会からはVocalist Of The Yearに選出された。1年遅れの国内盤は拙ライナー。その後10年で3〜4作をリリースするも、日本では注目されず、静かに晩年を迎えたようだ。
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