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すでにfacebookに速報をアップし、コメントも頂戴しているが、音楽評論家でロッキンオン・グループ創始者の渋谷陽一が、7月14日(月)に亡くなっていたことが発表された。渋谷は2023年11月に脳出血を発症して緊急入院。その後リハビリに取り組んでいたが、今年に入って誤嚥性肺炎を併発し、息を引き取った。故人の意向で、葬儀は近親者のみで執り行い、この日の発表に至った。享年74。
中学生の自分がロックに興味を持った頃、渋谷さんは大貫憲章さん、伊藤政則さんと共にロック評論家三巨頭の一人として活躍。特に72年、20歳の時に創刊したrockin' onの主宰で気を吐いていた。rockin' onは当初、投稿を中心としたミニコミ誌としてスタート。翌年NHKラジオ第1で『若いこだま』でDJスタート。その後NHK-FMに移動し、『ヤングジョッキー』『サウンドストリート』で人気を集めた。86年には邦楽誌『ROCKIN' ON JAPAN』創刊。続いてカルチャー誌、音楽専門誌を複数刊行。音楽フェスのプロデューサーとしても活躍した。
一般的には、80年代後半以降の音楽ビジネスの成功者として語られるだろうが、自分にとっての渋谷陽一は、あくまで音楽評論家。最初に音楽評論家に憧れを抱いたキッカケが彼。クールで少しだけハスに構え、インテリジェントな文章で、ちょっと辛口。他のお二方が感情に訴える手法で書いていたのに対し、もっとロジカルで、理詰めの文章がカッコよく映った。チープ・トリックやジャパンを初めて聴いたのも彼の番組だったし、ディスコで大人気だったアース・ウインド&ファイアーに音楽的興味を抱いたのも、ロッキン・オン誌に載った論評が印象的だったから。その頃はロッキン・オンは毎月購入していたし、ラジオも常連的に聴いていたっけ。
自分が高校生の頃は、渋谷が主催していたレコード・コンサートにもよく足を運んでいた。確か、原宿クロコダイル(現在とは場所が違う)だったかな。まだ発売前のサザンオールスターズのデビュー盤を紹介した時があって、何だかんだスゴイのが出てくるぞ、とワクワクしたのを覚えている。
そんな憧れの気持ちが冷めてしまったのは、トーキング・ヘッズ『REMAIN IN LIGHT』(80年)をコケにしているのを読んで、「ちょっと自分の考えとは違うな〜」と思い始めてから。当時彼は「XXXXXはゴミじゃ」というフレーズを使って、アーティストをコキ下ろすシリーズを書いていた。ヘッズに関しては、音楽そのものを攻撃するというより、黒人ミュージシャンを起用して手っ取り早く完成度の高いファンクを演り始めたそのスタンス、考え方に異を唱えていた。でもそれだったら、スティーリー・ダンはどうなるの? なんて思っていたのだ。自分自身がお好みの幅を大きく広げていた時期だから、彼の考えにはまったく賛同できなかった。
…とはいえ、渋谷さんがいなかったら、今の音楽ライターである自分がいたかどうか…。プロになってからお目にかかる機会はなかったけれど、実は自分に最も影響を与えた評論家、と言えるかもしれないな。
お疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。どうぞ安らかに…
一般的には、80年代後半以降の音楽ビジネスの成功者として語られるだろうが、自分にとっての渋谷陽一は、あくまで音楽評論家。最初に音楽評論家に憧れを抱いたキッカケが彼。クールで少しだけハスに構え、インテリジェントな文章で、ちょっと辛口。他のお二方が感情に訴える手法で書いていたのに対し、もっとロジカルで、理詰めの文章がカッコよく映った。チープ・トリックやジャパンを初めて聴いたのも彼の番組だったし、ディスコで大人気だったアース・ウインド&ファイアーに音楽的興味を抱いたのも、ロッキン・オン誌に載った論評が印象的だったから。その頃はロッキン・オンは毎月購入していたし、ラジオも常連的に聴いていたっけ。
自分が高校生の頃は、渋谷が主催していたレコード・コンサートにもよく足を運んでいた。確か、原宿クロコダイル(現在とは場所が違う)だったかな。まだ発売前のサザンオールスターズのデビュー盤を紹介した時があって、何だかんだスゴイのが出てくるぞ、とワクワクしたのを覚えている。
そんな憧れの気持ちが冷めてしまったのは、トーキング・ヘッズ『REMAIN IN LIGHT』(80年)をコケにしているのを読んで、「ちょっと自分の考えとは違うな〜」と思い始めてから。当時彼は「XXXXXはゴミじゃ」というフレーズを使って、アーティストをコキ下ろすシリーズを書いていた。ヘッズに関しては、音楽そのものを攻撃するというより、黒人ミュージシャンを起用して手っ取り早く完成度の高いファンクを演り始めたそのスタンス、考え方に異を唱えていた。でもそれだったら、スティーリー・ダンはどうなるの? なんて思っていたのだ。自分自身がお好みの幅を大きく広げていた時期だから、彼の考えにはまったく賛同できなかった。
…とはいえ、渋谷さんがいなかったら、今の音楽ライターである自分がいたかどうか…。プロになってからお目にかかる機会はなかったけれど、実は自分に最も影響を与えた評論家、と言えるかもしれないな。
お疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。どうぞ安らかに…





































氏の黒人音楽との距離感(?)は確かに微妙だった気がします。暗黒大陸じゃがたらを絶賛したり。氏の文章にはなじめなかったけど、ラジオには大いに啓蒙されたなぁ…。曲の途中でカット、フェードアウトしない主義だったのも嬉しかった。
お書きの原宿クロコダイルでのレコードコンサート、自分も行ってみたかったですね。羨ましい。