
ロシアはカムチャツカ沖で発生した大地震による津波で、日本はおろか、世界各地に甚大なる影響が及んだ一日。同時に国内では、41°越えの猛暑で最高気温の新記録。これはもう地球規模の危機が押し寄せているというのに、アメリカ・ファーストだの、日本人ファーストだの、ウクライナ侵攻だの、ガザ侵攻だの…と、世界の為政者って、何故かみんな人としての器が小さいようだな…。
そんなタイミングで、仕事絡みで聴いていたのがエア・サプライの91年作『THE EARTH IS...』。80年に本格的全米進出を果たすと、、<Lost In Love><All Out Of Love><Every Woman In The World(ときめきの愛を)><The One That You Love(シーサイド・ラヴ)><Here I Am><Sweet Dreams><Even The Nights Are Better(さよならロンリー・ラヴ)>と、計7曲をすべて全米トップ5入りさせ、中でも<The One That You Love>は全米No.1に輝いた。しかしその先はメンバー・チェンジが頻発し、実質的デュオ体制に。80年代半ば以降はヒットが出なくなって、試行錯誤が続いた。が、ヴォーカルのラッセル・ヒッチコックのソロ・デビュー、アリスタからジャイアントへのレーベル移籍などあって、見事に復活したのが、このアルバムだった。
もっとも、特に大きなヒットが出たワケじゃない。でもそれまでが “ペパーミント・サウンド” と呼ばレ、半ば軟弱かつミーハーなイメージが染み付いていたから、いきなり硬派に転換した印象があったのだ。しかもサウンド的には大きな変化はなく、ラッセルの伸びやかなハイトーン・ヴォーカル、アコースティック・サウンドを生かしたスロウ〜バラード中心の構成、爽やかなハーモニーなど、特徴は失くしていない。ただそのペパーミント・サウンドに、そっとスパイスを忍ばせるようになったというか、女性ファン対象だった音作りが、耳の肥えた男性ファンにも訴求するよう工夫を凝らしたのだ。そのひとつの方策が、環境問題に関するメッセージ。コレの次のアルバムも、『THE VANISHING RACE』というタイトルだった。
代表曲は?となれば、ニルソンやマライア・キャリーで有名な名バラード<Without You>(オリジナルはバッドフィンガー)のカヴァーになる。けれど、完全デュオ体制になったグラハムとラッセルを支えた陣容が、また興味深い。メロディック・ロック好きにはお馴染みであろう、ロジック〜ワールド・トレイドの流れを汲む顔ぶれなのだ。
ロジックはデヴィッド・ペイチ&スティーヴ・ポーカロのプロデュースで85年にデビュー(詳細コチラ)。その残党が結成したのがワールド・トレイドで、共にベースは現イエスのビリー・シャーウッド、鍵盤はガイ・アリソン。彼らと共にグループを牽引したのはギターのブルース・ゴウディで、彼はマクサスのオリジナル・ギタリスト。ドラムにはジョセフ・ウィリアムスの兄マークT・ウィリアムスがいた。
この頃のエア・サプライのサウンドをまとめていたのは、おそらく、一時は再編ドゥービー・ブラザーズもサポートしていたガイ・アリソンだろう。だからギターに元ロジックのジミー・ハウン、ドラムは『THE EARTH IS...』こそ全盛期エア・サプライを支えたラルフ・クーパーが参加したものの、その後はマーク・Tが引き継いでいる。ベースは、後に再編パブロ・クルーズへ行くラリー・アントニーノ。如何にもプレイが硬質になるのが分かるようなメンツなのだ。
一方でワールド・トレイドは、89年の1st以降沈黙していて。そこでガイとブルース・ガウディが新たに立ち上げたのが、アンルーリー・チャイルド。ベースはアントニーノ、ドラムは現イエスのジェイ・シェレンだ。彼らも活動は断続的で、92年デビュー作の次は98年まで音沙汰なし。が、そこではヴォーカルが現フォリナーのケリー・ハンセン、ベースがリッキー・フィリップス(ベイビーズ〜バッド・イングリッシュ〜フレデリクセン・フィリップスなど)にスイッチしていて。このあたりのメンツは、ボビー・キンボールのソロ1st『RISE UP』(94年)でも活躍していた。言い換えれば、エア・サプライはTOTO周辺やイエス界隈にもガッチリ繋がっていたワケで、決してミーハーなペパーミント野郎じゃないのだヨ
もっとも、特に大きなヒットが出たワケじゃない。でもそれまでが “ペパーミント・サウンド” と呼ばレ、半ば軟弱かつミーハーなイメージが染み付いていたから、いきなり硬派に転換した印象があったのだ。しかもサウンド的には大きな変化はなく、ラッセルの伸びやかなハイトーン・ヴォーカル、アコースティック・サウンドを生かしたスロウ〜バラード中心の構成、爽やかなハーモニーなど、特徴は失くしていない。ただそのペパーミント・サウンドに、そっとスパイスを忍ばせるようになったというか、女性ファン対象だった音作りが、耳の肥えた男性ファンにも訴求するよう工夫を凝らしたのだ。そのひとつの方策が、環境問題に関するメッセージ。コレの次のアルバムも、『THE VANISHING RACE』というタイトルだった。
代表曲は?となれば、ニルソンやマライア・キャリーで有名な名バラード<Without You>(オリジナルはバッドフィンガー)のカヴァーになる。けれど、完全デュオ体制になったグラハムとラッセルを支えた陣容が、また興味深い。メロディック・ロック好きにはお馴染みであろう、ロジック〜ワールド・トレイドの流れを汲む顔ぶれなのだ。
ロジックはデヴィッド・ペイチ&スティーヴ・ポーカロのプロデュースで85年にデビュー(詳細コチラ)。その残党が結成したのがワールド・トレイドで、共にベースは現イエスのビリー・シャーウッド、鍵盤はガイ・アリソン。彼らと共にグループを牽引したのはギターのブルース・ゴウディで、彼はマクサスのオリジナル・ギタリスト。ドラムにはジョセフ・ウィリアムスの兄マークT・ウィリアムスがいた。
この頃のエア・サプライのサウンドをまとめていたのは、おそらく、一時は再編ドゥービー・ブラザーズもサポートしていたガイ・アリソンだろう。だからギターに元ロジックのジミー・ハウン、ドラムは『THE EARTH IS...』こそ全盛期エア・サプライを支えたラルフ・クーパーが参加したものの、その後はマーク・Tが引き継いでいる。ベースは、後に再編パブロ・クルーズへ行くラリー・アントニーノ。如何にもプレイが硬質になるのが分かるようなメンツなのだ。
一方でワールド・トレイドは、89年の1st以降沈黙していて。そこでガイとブルース・ガウディが新たに立ち上げたのが、アンルーリー・チャイルド。ベースはアントニーノ、ドラムは現イエスのジェイ・シェレンだ。彼らも活動は断続的で、92年デビュー作の次は98年まで音沙汰なし。が、そこではヴォーカルが現フォリナーのケリー・ハンセン、ベースがリッキー・フィリップス(ベイビーズ〜バッド・イングリッシュ〜フレデリクセン・フィリップスなど)にスイッチしていて。このあたりのメンツは、ボビー・キンボールのソロ1st『RISE UP』(94年)でも活躍していた。言い換えれば、エア・サプライはTOTO周辺やイエス界隈にもガッチリ繋がっていたワケで、決してミーハーなペパーミント野郎じゃないのだヨ





































