



ラテン・ジャズ〜サルサ・シーンの大物で、プエルトリコ系米国人ピアノ奏者エディ・パルミエリが、8月6日、米ニュージャージー州の自宅で逝去した。娘のガブリエラに拠ると、長期に渡る病気の末に亡くなったという。享年88歳。
エディことエデュアルド・パルミエリは1936年、ニューヨークのブロンクス生まれ。イタリア系、プエルトリコ系移民の両親を持ち、スパニッシュ・ハーレムで育った。実兄チャーリーは、ティト・プエンテ楽団を支えたニューヨーク・ラテン界のキーパーソンの一人。その兄に絶大な影響を受けつつ、兄の紹介で人気歌手ティト・ロドリゲス楽団に加入。ココが彼の本格的キャリアのスタートとなった。脱退後は自分の楽団を率いて活動。Ticoレーベルで数多くの作品を発表している。
71年、ラテン・ジャズとソウル、ファンクを融合させたプロジェクト、ハーレム・リヴァー・ドライヴとしてアルバムを発表。エディーとシンガーのジミー・ノーマンを中心に、ロニー・キューバ (sax)、コーネル・デュプリー (g)、 バーナード・パーディー (ds)、ジェラルド・ジェモット (b)、ランディ・ブレッカー (tr) らが参加したこのプロジェクトは、90年代からのレア・グルーヴ・ムーヴメントで高い再評価を受けて定番化。スピリチュアル・ジャズやニュー・ソウルの色彩も孕みつつ、メラメラと低温熟成したようなラテンとソウル、ファンクのミクスチャーを聴かせた。
75年には『THE SUN OF LATIN MUSIC』でグラミー最優秀ラテン・レコーディングを受賞。78年作『LUCUMI, MACUMBA, VOODOO』では、ブラッド・スウェット&ティアーズのドラマーで、当時USコロムビアとプロデューサー契約を結んでいたボビー・コロンビーとの共同制作で、プリミティブな呪術をテーマにしたコンセプトを打ち出した。ここでは長年の参謀役ロニー・キューバのほか、スティーヴ・カーン/ハイラム・ブロック (g)、フランシスコ・センテーノ (b)、ドン・ウン・ロマン (perc)、クリフ・カーター (kyd) らが参加。近年はこれが代表作に挙げられるコトが多い。
個人的には馴染みの薄いラテン・ジャズであるが、この78年作やハーレム・リヴァー・ドライヴは、一時よく聴いていた覚えがある。また一人、シーンを先導してきた大物ミュージシャンが旅立った。
Rest in Peace...
71年、ラテン・ジャズとソウル、ファンクを融合させたプロジェクト、ハーレム・リヴァー・ドライヴとしてアルバムを発表。エディーとシンガーのジミー・ノーマンを中心に、ロニー・キューバ (sax)、コーネル・デュプリー (g)、 バーナード・パーディー (ds)、ジェラルド・ジェモット (b)、ランディ・ブレッカー (tr) らが参加したこのプロジェクトは、90年代からのレア・グルーヴ・ムーヴメントで高い再評価を受けて定番化。スピリチュアル・ジャズやニュー・ソウルの色彩も孕みつつ、メラメラと低温熟成したようなラテンとソウル、ファンクのミクスチャーを聴かせた。
75年には『THE SUN OF LATIN MUSIC』でグラミー最優秀ラテン・レコーディングを受賞。78年作『LUCUMI, MACUMBA, VOODOO』では、ブラッド・スウェット&ティアーズのドラマーで、当時USコロムビアとプロデューサー契約を結んでいたボビー・コロンビーとの共同制作で、プリミティブな呪術をテーマにしたコンセプトを打ち出した。ここでは長年の参謀役ロニー・キューバのほか、スティーヴ・カーン/ハイラム・ブロック (g)、フランシスコ・センテーノ (b)、ドン・ウン・ロマン (perc)、クリフ・カーター (kyd) らが参加。近年はこれが代表作に挙げられるコトが多い。
個人的には馴染みの薄いラテン・ジャズであるが、この78年作やハーレム・リヴァー・ドライヴは、一時よく聴いていた覚えがある。また一人、シーンを先導してきた大物ミュージシャンが旅立った。
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