bobbt whtlockbobby whitlock_raw velvetbobby whitlock_one of a kind
bobby whitlock_rock your sox offbobby whitlock_00derek & the dominos

朝から訃報。エリック・クラプトン率いるデレク&ザ・ドミノスのメンバーとしてクラプトンを支え、ロック史に残る名盤『LAYLA...』に大きく貢献したボビー・ウィットロックが、日曜の10日朝、テキサスの自宅で、家族に見守られながら息を引き取った。ガンを患っていたという。享年77。

ボビーことロバート・スタンレー・ウィットロックは、1948年、テネシー州メンフィス生まれ。チェロキー・インディアンの血を引く父親が牧師だったため、幼少期から教会で歌っていた。その後ギター、オルガンを習得し、65年頃から音楽活動を開始。やがて地元のレーベル:スタックスのスタジオに出入りし始め、ブッカー・T.&ザ・MGズのメンバーたち、特にスティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダンに目を掛けられたという。何でも、サム&デイヴ<I Thank You>にはハンド・クラップで参加したとか。そんな縁で、68年にスタックスの傍系レーベルHIPからシングル盤をリリースしている。

その後、スタックス初の白人アーティストとなったディレイニー&ボニーのバンドに加入し、共にL.A.へ。彼らとクラプトンが接近していくに従い、ボビーもその輪の中へ。そして70年の初ソロ『ERIC CLAPTON』に参加し、彼の要請で英国に止まって一緒に曲を書き始める。それをカタチにするため、レオン・ラッセルと共にジョー・コッカーのツアーに出ていたカール・レイドル(b)とジム・ゴードン (ds)が呼び戻され、それがデレク&ザ・ドミノスの旗揚げになった。鍵盤のみならず、ギターが弾けて歌も歌える。ドミノスでのボビーは、まさにクラプトンの右腕であり、その活躍なしに『LAYLA...』が現在のように名盤扱いされたかどうかは、甚だ疑問だ。

クラプトンとジム・ゴードンの確執によって短命に終わったドミノス。でもそこから真っ先にソロ活動を始めたのが、他ならぬボビーだ。abc / DunHillと契約し、72年に『BOBBY WHITLOCK』『RAW VELVET』を矢継ぎ早に発表。それぞれクラプトンやジョージ・ハリスンらが参加して注目されるも、セールス的には不発に終わる。その後75年にキャプリコーンへ移籍し、ディッキー・ベッツらオールマン・ブラザーズ・バンドの面々が参加した『ONE OF A KIND』(75年)、ドミノス時代の人気曲<Why Does Love Got To Be So Sad?(恋は悲しきもの)>のカヴァーを含む『ROCK YOUR SOX OFF』(76年)をリリース。スワンプ・ロック好きの人気盤となった。

以降、約四半世紀も表舞台から遠ざかっていたボビー。99年に『IT'S ABOUT TIME』を発表して復活を遂げてからは、奥様ココ・カーメルとのコンビで数枚のアルバムを発表。クラプトンのキャリアを語る上で、忘れてはならない名脇役の一人であった。

Rest in Peace...