chris montan

目まぐるしく変化する都会での暮らし。
そんな日々に疲れ、
 忘れかけていた自分らしさを取り戻したい時、
   ゆっくりとクリス・モンタンに耳を傾ける。
ささくれ立った心に、彼の声はとても優しい。


久々に【Light Mellow's Choice】from VIVID SOUND からのリリースは、26年ぶりのCD化となるクリス・モンタン唯一作『ANY MINUTE NOW』。韓国 Big Pinkでの紙ジャケ再発を、帯・解説付きの国内盤仕様で流通開始です。

80年初回リリース時の邦題は『トワイライト・アワーズ』。気取っちゃいるけど、ジャケットのダウンライトの雰囲気とすごくマッチしていて、めっちゃナイスなネーミングだったと思う。冒頭に書いたコピーは、実は26年前の初CD化の解説に、自分が書き寄せたもの。それを再度使ってしまうなんて、進歩がないのか、それともこのジャンルの普遍性を証明するものなのか…?

でもこのクリス・モンタン、AOR系に多いワン・ヒット・ワンダーならぬ一枚屋と思いきや、全然そんなコトはなく。確かに自分名義のソロ作はコレこっきり。でもこの人の音楽人生が花開くのは、レコーディング・アーティストのリタイア後。1984年にウォルト・ディズニー・スタジオに入社するとトントン拍子で出世し、ウォルト・ディズニー・ミュージック社長にまで上り詰めるのだ。映画では『カクテル』『ビーチーズ』『リトル・マーメイド』『プリティ・ウーマン』『美女と野獣』『アラジン』『ポカホンタス』『ターザン』『アナと雪の女王』『ライオン・キング』などに関わり、ホイットニー・ヒューストンとブランディが主演した人気TVミュージカル『シンデレラ』(97年)、人気舞台ミュージカルをTV化した『アニー』(99年)の総合プロデュースも彼の仕事だそう。こうした関連作品でグラミーにも6回ノミネートされ、2度受賞。シンガー・ソングライターとしては到底叶わなかったであろう栄冠を手にしている。AOR系アクトが興味深いのは、ロック系の他ジャンルに比べ、こうして裏方に回ってもツブシが効くような、ミュージックIQの高い人が多いことだ。 

元々このクリス・モンタンは、米東海岸ニュージャージーの生まれ。70年中盤にイーグルスを筆頭とするウエストコースト・サウンド真っ盛りのカリフォルニアへ移り、77年頃に、カーラ・ボノフのツアー・メンバーに抜擢。アンドリュー・ゴールドやジャクソン・ブラウン、そしてジェイムス・テイラーとの交流を持つ。その後カーラのパブリッシャーから声が掛かり、このアルバムでデビューした。

収録曲はすべて彼自身の作曲で、<Let's Pick It Up (Where We Left Off)>のみ、ピーセズ/L.A.X.のジェフリー・レイブ(後のジェフ・パリス)との共作で、アダルト・コンテンポラリー・チャート17位/全米ポップ・チャート102位。ローレン・ウッドとデュエットした<Is This The Way Of Love>は、本作からのファースト・カットで、アダルト・コンテンポラリー・チャート37位を記録した。ローレンといえば、映画『プリティ・ウーマン』サントラに採用された<Fallen>が有名だが、あれは元々彼女の2ndソロ『CAT TRICK』(81年)収録曲で、サントラとは10年近いブランクがあり、“どうして今頃?” というのが謎だった。が、その陰には、ディズニーで活躍していたクリスの尽力があったらしい。う〜ん、納得。

参加ミュージシャンには、アンドリューにカーラ、同じ人脈にいたブロック・ウォルシュ、ローレンに近いクラッキン一派から、リック・チューダコフ&ピーター・バネッタにレスリー・スミス、アーノ・ルーカス、他にもディーン・パークスやマーク・ゴールデンバーグ、ビル・ペイン、L.A.Expressのジョン・グェラン&マックス・ベネット、ちょいと渋いところで、エイモス・ギャレットやノートン・バッファローなど、L.A.界隈の名だたるセッション・プレイヤーがズラ〜リ。とてもとてもアルバム1枚で終わっちゃう人ではない感じだが、実は……、という御仁なのだ。ソングライターとしての楽曲提供も、マイケル・ジョンソンやジェニファー・ウォーンズなどに限られるけど、実は伊藤銀次や石川優子の西海岸録音作でも歌っていたりします。

最初のCDはスッカリ激レア化していたので、買い逃してた方は要チェックよ。

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エニー・ミニッツ・ナウ (生産限定紙ジャケット仕様)
クリス・モンタン
ヴィヴィド・サウンド
2025-08-27

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