



既報の通り、ネオ・ソウルの先駆者:ディアンジェロが、10月14日、膵臓ガンとの闘病の末に息を引き取った。享年51。シンガー・ソングライター/プロデューサーで、マルチ・インストゥルメンタリストでもあったディアンジェロ、本名マイケル・ユージーン・アーチャーは、74年、米ヴァージニア州サウスリッチモンド生まれ。牧師の父の下、幼少期から音楽に親しんだ。93年にEMIと契約を交わし、ソングライターとしてキャリアをスタート。95年のデビュー・アルバム『BROWN SUGAR』でデビューすると一気に注目を集め、00年の2nd『VOODOO』でグラミー最優秀R&Bアルバムを受賞。ヒップホップとソウル/R&B、ジャズをミックスさせた新しいスタイル “ネオ・ソウル“ を確立した。
自分はヒップホップの台頭と入れ替わりでソウル/R&Bと距離を取り始めたヒトなので、ディアンジェロの登場や人気沸騰も、少しクールに見つめていた。それでもホンノリ漂うジャズの香りや、70年代のニューソウルに通じる知的な匂いは、ストリート直結のヒップホップとは一線を画していると感じ、そこはかとなくアンテナを伸ばしていた。エリカ・バドゥ、ジル・スコットとかね。
個人的に一番愛着を感じていたのは、日本企画で実現した6曲入りのライヴEP『LIVE AT JAZZ CAFE, LONDON』(95年録音)。アース・ウインド&ファイアー<Can’t Hide Love>など、アルバム未収のライヴ・レパートリーが収録されていたっけ。00年にはオハイオ・プレイヤーズのカヴァー<Heaven Must Be Like This>(98年録音)を追加して再発。更に14年には、アル・グリーン<I'm Glad You're Mine>や、オハイオ・プレイヤーズ・カヴァー<Sweet Sticky Thing>(録音年が異なる前述曲と入れ替え)など追加した12曲入りコンプリート盤として、ワールドワイドに再登場している。
…にしても、こうしたアイコン的アーティストが、51歳で逝ってしまうとは
Rest in Peace...
個人的に一番愛着を感じていたのは、日本企画で実現した6曲入りのライヴEP『LIVE AT JAZZ CAFE, LONDON』(95年録音)。アース・ウインド&ファイアー<Can’t Hide Love>など、アルバム未収のライヴ・レパートリーが収録されていたっけ。00年にはオハイオ・プレイヤーズのカヴァー<Heaven Must Be Like This>(98年録音)を追加して再発。更に14年には、アル・グリーン<I'm Glad You're Mine>や、オハイオ・プレイヤーズ・カヴァー<Sweet Sticky Thing>(録音年が異なる前述曲と入れ替え)など追加した12曲入りコンプリート盤として、ワールドワイドに再登場している。
…にしても、こうしたアイコン的アーティストが、51歳で逝ってしまうとは

Rest in Peace...





































あまりの虚無感で言葉になりません。
D'Angeloを知ったのは、
地元、北海道のFMノースウェーブや
東京・J-WAVEでのHOT100が最初で、
洗練されたサウンドやVocalに魅了されつつ、
『ネオSOUL』とは何ぞや?という思いもありました。
一般的には🎵Brown Sugarが有名ですが、
🎵Crusin'に於ける浮遊感漂う感覚のする
楽曲も聴き心地が良く、
もっと作品を出してるかと思いきや、
生涯リリースされたアルバムが3枚のみ。
洋楽ではリリースの間隔が大幅に開くのは
珍しくないですが、逆に言うと密度の濃さを
物語るに相応しい3枚だったとも言えます。
謹んでご冥福をお祈りいたします。