
いよいよ週末19日(日)は、Light Mellow presents『WHAT’S AOR?』第4回。福田直木クンをトーク・ゲストに迎え、『JAZZとAORの蜜月を追う』をテーマに開催します。選曲はおおよそ決まっていますが、下記サムネイルに掲載しているアルバム10枚中5枚がトミー・リピューマのプロデュース。他にも掲載とは違っても、やはりリピューマ関連作を持つヒトがいたりして、やはりJAZZとAORの接点にリピューマは欠かせない、と思います。
一般的に、トミー・リピューマを軸にAORシーンを見た場合、すぐに思い浮かぶのはジョージ・ベンソン『BREEZIN'』、マイケル・フランクス『THE ART OF TEA』あたり。でもその前にニック・デカロ『ITALIAN GRAFFITI』(74年)があったのは、ご存知の通り。このアルバムがAORの原点とされるのは、「ポップ・ミュージックに、もっと大人のサウンド、ジャズやソウルのエッセンスを加えてみたら…」というコンセプトを確立し、アレンジャーという立場でそれをそれを実践したから。でもそれをほとんど同じ発想で模索していたミュージシャンは、他にもいたワケで…。
そういう空気を醸成したレーベルがブルー・サム。カーマ・スートラやブッダで活躍したプロデューサー:ボブ・クラスノウが立ち上げ、リピューマが共同経営者/ハウス・プロデューサーを務めたレコード会社である。彼らが最初に契約したのが、キャプテン・ビーフハート。続いてアイク&ティナ・ターナー、T-Rexと、意外な名前が並ぶ。そして最初に成功らしい成功を収めたのが、デイヴ・メイスン『ALONE TOGETHER』。これに続いたのが、英国のデュオ:マーク=アーモンド。最初に彼らを引っ張ってきたのは、ロック人脈に強いクラズノウらしいが、本気で2人に惚れ込んだのはリピューマだったようだ。
ニッキー・ホプキンスもいたスウィート・サーズデイ出身で、フォーク・ロックを歌っていたジョン・マークと、自身のバンド:ミュージック・マシーンを率いていたジャズ・サックス奏者ジョニー・アーモンド。2人が知り合ったのは、ブルースの大御所ジョン・メイオールのグループで、当時メイオールはドラムレスの編成でブルースとジャズの融合を試みていた。
だから、その延長で生まれたこのデビュー・アルバムもドラムレス。そのサウンドは、ガッド・ギターによる内省的なフォーク・ブルースにジャズ的展開を加えたもので、センシティヴかつダーク。曲によっては、キース・ティペットが貢献していた頃のキング・クリムゾン、『LIZARD』や『ISLAND』あたりにも通じる。一聴、とてもAORとは思えないのだが、<The City>では翳りのあるボサノヴァを聴かせていて、強烈な個性を感じる。きっとリピューマはその辺りに魅せられたのだろう。2作目『MARK-ALMOND II』では自らプロデュースを買って出た。その後ブルー・サムのクローズなどあり、デュオはコロムビアへ移籍。しばしのブランクを経たり、都会的洗練の波を被ったりした後、再びリピューマと手を組み、AOR名盤『THE OTHER PEOPLE'S ROOM』(78年)を発表。そこではスティーヴ・ガッドやリチャード・ティーらニューヨークの手練れを従え、マイケル・フランクス<Vivaldi's Song>をカヴァーしていた。
このマーク=アーモンド1st の前後にブルー・サムからアルバムを出していたのが、マイケル・フランクスが憧れていたジョアン・ドナートや、ジョージ・ベンソン<Breezin'>(ボビー・ウーマック作)を最初に取り上げていたガボール・ザボ。そして1年遅れて、クルセイダーズ、ベン・シドランが移籍。更にポインター・シスターズ、後年デイヴ・メイスンと繋がるマイク・フィニガンのフィニガン&ウッドがココからデビューを飾っている。またベンソン<This Masquarade>の作者で、リピューマも大好きなレオン・ラッセルが立ち上げたシェルター・レーベルも、当初はブルー・サムがディストリビュートを担当していた。短期間で買収されてしまうブルー・サムだけど、音楽的野心と自由に満ちたレーベルだったのだ。
AORとJAZZとは言わず、こうしたジャンル・ミックスの背景には、こうした人的・業界的つながりも無視できないモノなのよ。
●『WHAT’S AOR?』第4回『JAZZとAORの蜜月を追う』by 金澤寿和&福田直木●

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《Tower Records はココから》
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そういう空気を醸成したレーベルがブルー・サム。カーマ・スートラやブッダで活躍したプロデューサー:ボブ・クラスノウが立ち上げ、リピューマが共同経営者/ハウス・プロデューサーを務めたレコード会社である。彼らが最初に契約したのが、キャプテン・ビーフハート。続いてアイク&ティナ・ターナー、T-Rexと、意外な名前が並ぶ。そして最初に成功らしい成功を収めたのが、デイヴ・メイスン『ALONE TOGETHER』。これに続いたのが、英国のデュオ:マーク=アーモンド。最初に彼らを引っ張ってきたのは、ロック人脈に強いクラズノウらしいが、本気で2人に惚れ込んだのはリピューマだったようだ。
ニッキー・ホプキンスもいたスウィート・サーズデイ出身で、フォーク・ロックを歌っていたジョン・マークと、自身のバンド:ミュージック・マシーンを率いていたジャズ・サックス奏者ジョニー・アーモンド。2人が知り合ったのは、ブルースの大御所ジョン・メイオールのグループで、当時メイオールはドラムレスの編成でブルースとジャズの融合を試みていた。
だから、その延長で生まれたこのデビュー・アルバムもドラムレス。そのサウンドは、ガッド・ギターによる内省的なフォーク・ブルースにジャズ的展開を加えたもので、センシティヴかつダーク。曲によっては、キース・ティペットが貢献していた頃のキング・クリムゾン、『LIZARD』や『ISLAND』あたりにも通じる。一聴、とてもAORとは思えないのだが、<The City>では翳りのあるボサノヴァを聴かせていて、強烈な個性を感じる。きっとリピューマはその辺りに魅せられたのだろう。2作目『MARK-ALMOND II』では自らプロデュースを買って出た。その後ブルー・サムのクローズなどあり、デュオはコロムビアへ移籍。しばしのブランクを経たり、都会的洗練の波を被ったりした後、再びリピューマと手を組み、AOR名盤『THE OTHER PEOPLE'S ROOM』(78年)を発表。そこではスティーヴ・ガッドやリチャード・ティーらニューヨークの手練れを従え、マイケル・フランクス<Vivaldi's Song>をカヴァーしていた。
このマーク=アーモンド1st の前後にブルー・サムからアルバムを出していたのが、マイケル・フランクスが憧れていたジョアン・ドナートや、ジョージ・ベンソン<Breezin'>(ボビー・ウーマック作)を最初に取り上げていたガボール・ザボ。そして1年遅れて、クルセイダーズ、ベン・シドランが移籍。更にポインター・シスターズ、後年デイヴ・メイスンと繋がるマイク・フィニガンのフィニガン&ウッドがココからデビューを飾っている。またベンソン<This Masquarade>の作者で、リピューマも大好きなレオン・ラッセルが立ち上げたシェルター・レーベルも、当初はブルー・サムがディストリビュートを担当していた。短期間で買収されてしまうブルー・サムだけど、音楽的野心と自由に満ちたレーベルだったのだ。
AORとJAZZとは言わず、こうしたジャンル・ミックスの背景には、こうした人的・業界的つながりも無視できないモノなのよ。
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