






キッスの創設メンバーでギタリストのエース・フレーリーが、16日、74歳で逝去した。先月、自宅スタジオで誤って転倒し、頭を強打して脳出血を発症。生命維持装置をつけて治療していたが、力及ばず…、というコトらしい。エースは断続的にツアーを行なっていたところで、9月の事故後のスケジュールはキャンセルされていた。
エース・フレーリーことポール・ダニエル・フレーリーは、1951年4月ニューヨーク市ブロンクス生まれ。いくつかのローカル・バンドを渡り歩いた後、73年にオーディションを受けてキッスの結成に参加。バンドがメイクを施すようになると、宇宙人をイメージしたキャラクター:スペースマンを演じるように。74年のデビュー後しばらくは振るわなかったが、3作目『DRESSED TO KILL』でキッカケを掴み、次作の2枚組ライヴ盤『ALIVE』からシングル・カットした<Rock And Roll All Nite>が全米12位のヒットになって波に乗った。
キッスの日本デビューも、この『DRESSED TO KILL』で、邦題は『地獄への接吻』。中学生だった自分は、友人が買ったLPを貸してもらった記憶がある。初めて自分で買ったのは、次の『ALIVE』。77年の初来日も観に行ったが、隣に座っていた兄ちゃんが狂乱状態で踊り狂い、何度も小突かれたり、腕がぶつかったりで、まったくステージに集中できず、イヤな思い出になってしまった…。
同時期デビューのエアロスミスに比べ、よりシンプルかつストレートなロックン・ロールでエンターテイメントに徹していたキッス。エースのギターも、大して上手くはないのだが、曲調にフィットするようなツボを得たフレーズとギター・トーンで、初期キッスの重要なパーツになっていた。
80年代前半にキッスを脱退し、ソロに転じるも鳴かず飛ばず。90年代後半は、オリジナル・メンバーによる再集結ツアーのため復帰したが、01年末に再びグループを離れていた。
Rest in Peace...
キッスの日本デビューも、この『DRESSED TO KILL』で、邦題は『地獄への接吻』。中学生だった自分は、友人が買ったLPを貸してもらった記憶がある。初めて自分で買ったのは、次の『ALIVE』。77年の初来日も観に行ったが、隣に座っていた兄ちゃんが狂乱状態で踊り狂い、何度も小突かれたり、腕がぶつかったりで、まったくステージに集中できず、イヤな思い出になってしまった…。
同時期デビューのエアロスミスに比べ、よりシンプルかつストレートなロックン・ロールでエンターテイメントに徹していたキッス。エースのギターも、大して上手くはないのだが、曲調にフィットするようなツボを得たフレーズとギター・トーンで、初期キッスの重要なパーツになっていた。
80年代前半にキッスを脱退し、ソロに転じるも鳴かず飛ばず。90年代後半は、オリジナル・メンバーによる再集結ツアーのため復帰したが、01年末に再びグループを離れていた。
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