
世は三連休。自分もいろいろライヴのお誘いを頂いていたが、家の用事で外出した以外は、ほぼ缶詰で書きモノに選曲・監修ワークスなど。既に来年の企画がいくつも立ち上がっているが、AOR系の新企画は全然目処が立たないのに対し、勢いのあるジャンルは自ら動かなくても、レコード会社や出版社の方から各種相談が入ってくる。マーケットの縮小やメディアの変遷など問題は山積だし、自分ができるコトなど限られてはいるけれど、そこは前向きに進めていくしかない、と改めて。
さて、今年の春からスタートしたタツロー氏【MOON VINYL COLLECTION】。10月末分の復刻アイテムは、91年発表の通算10作目『アルチザン (ARTISAN)』。もちろん自分の手元にも届いています。今回も購入したのは相方だけど…
4年前に出た30周年盤のアナログは、LP2枚組で、収録は片面10分程度で2〜3曲。あまりに面倒で、結局1〜2度聴いただけでCDに回帰してしまった。最近のCMで、タモリがアナログ盤にクリーナーを掛けながら、宮沢りえ相手に「面倒だからイイのヨォ〜」と宣うが、ちょっと浮世離れした話で、実際は余程の音楽好きでも、それ相当の時間的・精神的余裕がないと、そうはならない。でも今回の2025 Editionは、アナログ1枚ずつの単体仕様。それだけカッティング技術が向上したというコトなのだろうが、その差を聴き分けられるだけのオーディオ・システムと優れた耳をお持ちの方は、果たしてどれだけいるのだろうか? いつもソコを疑問に思う。制作者の論理として、常に最高品質の商品をお届けする、というスタンスはホントに素晴らしいんだけれど…。
前作『僕の中の少年』の内向きさに、それまでにない違和感を抱いた自分としては、その揺らぎなきクオリティの高さに確固たる信頼感を抱きつつ、でも個人的には何処まで作品に入っていけるかが不安だった。実際、『僕の中の少年』や『ポケット・ミュージック』以上にプログラムや一人多重録音の比率が増え、自分が求める生演奏のアンサンブルは、ほぼ消え去っていた。でもその一方で、闇雲に生音を求めるのではなく、必然性があって納得できるレヴェルの打ち込みに対しては、素直に「カッコイイ
」と容認できる自分でありたいし、ザ・システムやスクリッティ・ポリッティに夢中になってきたリスナーでもある。タイアップで耳馴染みのある曲が増えたこと、<アトムの子><さよなら夏の日><Endless Game>といった印象的な楽曲の存在も手伝って、90年代以降のタツロー作品の中では、今も割と好きなアルバムになっている。
飽きのこない音、古びない音をひたすら希求し、その蓄積によって卓越した技術を確立しながら、それをひけらかさず、半ば黙して多くは語らない。そうした職人的スタンスの象徴として名付けられた『アルチザン』。芸術文化であれ、政治であれ、意見や考え方の分断が進んだ今、これからはAIがより大きなポジションを占めるようになる。そしてそれがホワイトカラーの凋落に繋がり、特殊技術を持つ優秀なブルーカラーが持て囃される時代に突入していくらしい。だとすれば、今後は、愛想のないアルチザンたちに学ぶべき点は増えてくる。AIがいくら進化したところで、ヒトの自由な創造力や、合理性とは真逆の強いコワダリには敵わない。あぁ、それを嗅ぎ分けられる自分でありたいものよ。
《amazon》
《Tower Records はココから》
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4年前に出た30周年盤のアナログは、LP2枚組で、収録は片面10分程度で2〜3曲。あまりに面倒で、結局1〜2度聴いただけでCDに回帰してしまった。最近のCMで、タモリがアナログ盤にクリーナーを掛けながら、宮沢りえ相手に「面倒だからイイのヨォ〜」と宣うが、ちょっと浮世離れした話で、実際は余程の音楽好きでも、それ相当の時間的・精神的余裕がないと、そうはならない。でも今回の2025 Editionは、アナログ1枚ずつの単体仕様。それだけカッティング技術が向上したというコトなのだろうが、その差を聴き分けられるだけのオーディオ・システムと優れた耳をお持ちの方は、果たしてどれだけいるのだろうか? いつもソコを疑問に思う。制作者の論理として、常に最高品質の商品をお届けする、というスタンスはホントに素晴らしいんだけれど…。
前作『僕の中の少年』の内向きさに、それまでにない違和感を抱いた自分としては、その揺らぎなきクオリティの高さに確固たる信頼感を抱きつつ、でも個人的には何処まで作品に入っていけるかが不安だった。実際、『僕の中の少年』や『ポケット・ミュージック』以上にプログラムや一人多重録音の比率が増え、自分が求める生演奏のアンサンブルは、ほぼ消え去っていた。でもその一方で、闇雲に生音を求めるのではなく、必然性があって納得できるレヴェルの打ち込みに対しては、素直に「カッコイイ
」と容認できる自分でありたいし、ザ・システムやスクリッティ・ポリッティに夢中になってきたリスナーでもある。タイアップで耳馴染みのある曲が増えたこと、<アトムの子><さよなら夏の日><Endless Game>といった印象的な楽曲の存在も手伝って、90年代以降のタツロー作品の中では、今も割と好きなアルバムになっている。飽きのこない音、古びない音をひたすら希求し、その蓄積によって卓越した技術を確立しながら、それをひけらかさず、半ば黙して多くは語らない。そうした職人的スタンスの象徴として名付けられた『アルチザン』。芸術文化であれ、政治であれ、意見や考え方の分断が進んだ今、これからはAIがより大きなポジションを占めるようになる。そしてそれがホワイトカラーの凋落に繋がり、特殊技術を持つ優秀なブルーカラーが持て囃される時代に突入していくらしい。だとすれば、今後は、愛想のないアルチザンたちに学ぶべき点は増えてくる。AIがいくら進化したところで、ヒトの自由な創造力や、合理性とは真逆の強いコワダリには敵わない。あぁ、それを嗅ぎ分けられる自分でありたいものよ。
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![ARTISAN (2025 Vinyl Edition) [完全生産限定] [Analog]](https://m.media-amazon.com/images/I/61kvBREiYCL._SL160_.jpg)











































私は父が職人だったこともあり、上司の発言には違和感を抱きました。〜今後は、愛想のないアルチザンたちに学ぶべき点は増えてくる〜 結局時流は揺り戻しを繰り返しながら前に進んでいくものなのですね。
達郎さんのファンはそのサウンドはもちろんのこと、
ミュージシャンとしての矜持、立ち姿に魅了されている部分も多いように思います。(もちろん私もその一人です。)