

80年代後半に活躍した英国出身のバンド、リヴィング・イン・ア・ボックス、そのリード・シンガーで、解散後はソロでも活躍したリチャード・ダービシャーが、10日に死去。1960年3月生まれの65歳というから、まさしく自分と同い年。日本流に言うなら、彼の方が学年で1つ上。どうして亡くなったか、の情報は入っていないが、同世代のアーティスト逝去の報は、やはり心にシクシク刺さる。リヴィング・イン・ア・ボックスもソロも、とりわけ99年発表『LOVE WILL PROVIDE』なんてよく聴いていた時期があるだけに…。
リヴィング・イン・ア・ボックスといえば、切れ味鋭いデジタル・ファンクを聴かせるブルー・アイド・ソウル3人組として、87年にデビュー。バンド名にもなっているヒット曲<Living In The Box>は、意外にもボビー・ウーマックに取り上げられ、同年作『LAST SOUL MAN』に収められている。若い英国勢がボビー・ウーマックの曲をカヴァーするなら分かるけど、その逆パターンというのは極めて稀。しかもソレがキッカケで、共演まで果たしちゃったから、当時は本気で驚いた。要はそれだけホンモノだった、ということです。
リヴィング・イン・ア・ボックスは2枚のアルバムを出したが、3作目のレコーディングをスタートさせたところで、所属レーベルが大手傘下に。それで制作にアレコレと口出しされるようになり、嫌気が差して解散。リチャードは旧知の間柄だったリサ・スタンスフィールドに接近し、彼女のプロデュース・チームのサポートで、94年に『HOW MANY ANGELS』でソロ・デビューした。その後はソングライター活動をしていた。
リチャードは子供の頃、日本に住んだ時期があり、通っていたアメリカン・スクールでマーヴィン・ゲイやアル・グリーンを聴いたのが、ソウルに目覚めるキッカケになったらしい。そんな話を聞くと、余計に心が痛んでしまうオヤジやオバサマ、きっといるんじゃないだろうか…。最近は表立った情報はなかったけれど、逝くにはチョイと早過ぎます…
Rest in Piece.
《amazon》
《Tower Records はココから》
リヴィング・イン・ア・ボックスは2枚のアルバムを出したが、3作目のレコーディングをスタートさせたところで、所属レーベルが大手傘下に。それで制作にアレコレと口出しされるようになり、嫌気が差して解散。リチャードは旧知の間柄だったリサ・スタンスフィールドに接近し、彼女のプロデュース・チームのサポートで、94年に『HOW MANY ANGELS』でソロ・デビューした。その後はソングライター活動をしていた。
リチャードは子供の頃、日本に住んだ時期があり、通っていたアメリカン・スクールでマーヴィン・ゲイやアル・グリーンを聴いたのが、ソウルに目覚めるキッカケになったらしい。そんな話を聞くと、余計に心が痛んでしまうオヤジやオバサマ、きっといるんじゃないだろうか…。最近は表立った情報はなかったけれど、逝くにはチョイと早過ぎます…
Rest in Piece.
《amazon》






































Living In A Boxからソロまでずっと聴いていました。ブリティッシュブルーアイドソウルとでも言えばいいのでしょうか、当時のスタイリッシュでクールな、でもポップでキャッチーなサウンドが大好きでした。悲しいです。心からお悔やみ申し上げます。