
昨日のビリー・スタインバーグの訃報を受けて、その相方だったトム・ケリーが在籍したフールズ・ゴールドを何となく。名コンビのチーム解消は、売れっ子になってあまりに忙しくなってしまったトムが、作曲への情熱を失ってしまい、90年代にリタイア宣言したから。ソングライターとして、またセッション・シンガーとして活躍したトムが、唯一自らフロントに立っていたのが、このフールズ・ゴールドだった。
フールズ・ゴールドは、シンガー・ソングライターのダン・フォールゲルバーグのバック・バンドが独立する形で結成。76年にアリスタから4人組としてデビューし、かのグリン・ジョーンズ、グレン・フライ、まだイーグルス加入前のジョー・ウォルシュがプロデュースを分け合っていた。ダンも作曲面で協力。黒幕はアーヴィング・エイゾフで、イーグルスの弟分としての登場だった。
でもバンドの中核だったトムとデニー・ヘンソンは、ダンの下で出会ったワケではなく。元々デニーが地元イリノイで組んでいたザ・ギルドというバンドに、インディアナからやって来たトムと、次いでお隣ミズーリ州セントルイス出身のマイケル・マクドナルドが相次いで加入したのが最初。マイケルはL.Aへ行くため、すぐにバンドを抜けてしまったが(そのあとスティーリー・ダンの準メンバーに抜擢)、彼らはエイゾフに見出され、エレクトラと契約。72年にゲイリー・アッシャーのプロデュースで、シングル・デビューしている。これは不発だったが、74年にエイゾフが売り出していたダン・フォーゲルバーグが成功。ツアー・バンドが必要になり、ザ・ギルドからデニーとトムを引き抜いたのだ。
そして上掲のフールズ・ゴールドの2作目『MR. LUCKY』。77年にUSリリースされ、レーベルは米コロムビアへ移籍した。元々の制作は1作目同様アリスタ傘下で行われたらしいが、新たにプロデュースについたキース・オルセンが制作予算をオーヴァーさせてトラブル勃発。メンバー自身が話を収拾し、米コロムビアがテープを買い上げてくれたらしい。メンバー構成もデニーとトムのソングライター・チーム2人だけになったが、元のバンド内に確執が起きたワケではなく、アルバム発表後のプロモーション・ツアーは前作と同じ4人で行なっていたそうだ。
でも移籍の原因となったオルセンのミュージシャンのキャスティングが、AOR的には美味しくて。重要なのが、アティテューズのメンバーを務めながら、キーボード奏者/アレンジャーとして頭角を現してきたデヴィッド・フォスター。そしてジェフ&マイク・ポーカロ、デヴィッド・ペイチといったTOTO勢(当時はデビュー準備中)にビル・チャンプリン、トム・スコット、前作の流れからダン・フォーゲルバーグ、ワディ・ワクテル、アンドリュー・ゴールドなど。ホーンとストリングスにマーティン・フォードやメル・コリンズといった英国勢の名があるのは、やはり前作の名残りだろうか。その音はグッとロックっぽくタイトにまとまり、曲よっては小気味良いシンコペーションさえも。ファンキーな曲では、何処となくサザン・ロックっぽいフレーズも飛び出す。一方で爽やかなメロディとハーモニーの清々しい魅力に変化はなく…。軽快なビートと高らかなコーラスが一体化した<Runnin' And Hidin'>や<Gypsy Brew>は、この時期のフールズ・ゴールドならでは。<Wouldn't I Love To Love You>や<Where Did Our Love Go Wrong>はトム単独で書いたバラードで、後のヒットメイカーの片鱗が窺える。
こうした流れから、メンバーとキース・オルセンの間に行き違いがあったように見えるが、実際はトムとビリー・スタインバーグが出会ったパット・ベネターのセッションも、彼らのプロジェクト:I-TENもオルセンの仕切り。こうした音楽シーンで長く活動していくには、単に実力だけでなく、人脈を築いたり、ご縁を繋げたりという動きも重要なのだと改めて。
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でもバンドの中核だったトムとデニー・ヘンソンは、ダンの下で出会ったワケではなく。元々デニーが地元イリノイで組んでいたザ・ギルドというバンドに、インディアナからやって来たトムと、次いでお隣ミズーリ州セントルイス出身のマイケル・マクドナルドが相次いで加入したのが最初。マイケルはL.Aへ行くため、すぐにバンドを抜けてしまったが(そのあとスティーリー・ダンの準メンバーに抜擢)、彼らはエイゾフに見出され、エレクトラと契約。72年にゲイリー・アッシャーのプロデュースで、シングル・デビューしている。これは不発だったが、74年にエイゾフが売り出していたダン・フォーゲルバーグが成功。ツアー・バンドが必要になり、ザ・ギルドからデニーとトムを引き抜いたのだ。
そして上掲のフールズ・ゴールドの2作目『MR. LUCKY』。77年にUSリリースされ、レーベルは米コロムビアへ移籍した。元々の制作は1作目同様アリスタ傘下で行われたらしいが、新たにプロデュースについたキース・オルセンが制作予算をオーヴァーさせてトラブル勃発。メンバー自身が話を収拾し、米コロムビアがテープを買い上げてくれたらしい。メンバー構成もデニーとトムのソングライター・チーム2人だけになったが、元のバンド内に確執が起きたワケではなく、アルバム発表後のプロモーション・ツアーは前作と同じ4人で行なっていたそうだ。
でも移籍の原因となったオルセンのミュージシャンのキャスティングが、AOR的には美味しくて。重要なのが、アティテューズのメンバーを務めながら、キーボード奏者/アレンジャーとして頭角を現してきたデヴィッド・フォスター。そしてジェフ&マイク・ポーカロ、デヴィッド・ペイチといったTOTO勢(当時はデビュー準備中)にビル・チャンプリン、トム・スコット、前作の流れからダン・フォーゲルバーグ、ワディ・ワクテル、アンドリュー・ゴールドなど。ホーンとストリングスにマーティン・フォードやメル・コリンズといった英国勢の名があるのは、やはり前作の名残りだろうか。その音はグッとロックっぽくタイトにまとまり、曲よっては小気味良いシンコペーションさえも。ファンキーな曲では、何処となくサザン・ロックっぽいフレーズも飛び出す。一方で爽やかなメロディとハーモニーの清々しい魅力に変化はなく…。軽快なビートと高らかなコーラスが一体化した<Runnin' And Hidin'>や<Gypsy Brew>は、この時期のフールズ・ゴールドならでは。<Wouldn't I Love To Love You>や<Where Did Our Love Go Wrong>はトム単独で書いたバラードで、後のヒットメイカーの片鱗が窺える。
こうした流れから、メンバーとキース・オルセンの間に行き違いがあったように見えるが、実際はトムとビリー・スタインバーグが出会ったパット・ベネターのセッションも、彼らのプロジェクト:I-TENもオルセンの仕切り。こうした音楽シーンで長く活動していくには、単に実力だけでなく、人脈を築いたり、ご縁を繋げたりという動きも重要なのだと改めて。
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