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古き良きアメリカン・ポップス〜ロックン・ロール時代を代表するシンガー・ソングライター、ニール・セダカの訃報や追悼ポストが、朝からSNSを賑わせている。27日の早朝、L.A.の自宅から救急搬送され、そのまま病院で息を引き取ったそうだ。享年86。本ポストを書いている時点では、死因は明らかにされていない。
セダカといえば、<Calendar Girl> <悲しき慕情 (Breaking Up Is Hard to Do)> <Laughter in the Rain>に、ハイスクール時代に恋していたキャロル・キングを歌った<Oh! Carol>、日本独自のヒット<恋の片道切符 (One Way Ticket)>あたりの楽曲が真っ先に上がってくる。1950年代からハリー・ガーフィールドと組んで作家活動を始め、間もなく彼自身がシンガー・デビュー。一躍 大物スターに駆け上がった。が、ビートルズに代表される英国ビート・グループの台頭で、60年代半ば以降はしばし低迷。
70年代に入って逆に渡英し、デビュー前の10ccを従えてアルバム制作、復活の兆しを掴む。また全米リリースも途絶えがちだったことから、エルトン・ジョンが助け舟を出し、エルトンが新たに立ち上げたレーベル:Rocket と契約。直近の英国盤収録曲を再構成し、北米向けに『SEDAKA'S BACK』(74年)をリリースした。そこから全米No.1になったのが<Laughter in the Rain>である。更にこのアルバムには、キャプテン&テニールが全米トップに仕立てた<Love Will Keep Us Together>のオリジナルが入っているのも注目したいところ。ご存知の方も多いと思うが、ドゥービー・ブラザーズ<What A Fool Believes>のピアノ・リフはこの曲をヒントに生まれており、そうすると、AORシーンを華やかに彩ったヒット・パターンの元ネタは、実はニール・セダカだった、ということになる。娘デラ・セダカがデヴィッド・フォスター絡みでデビューしたり、アルバムを出していたことを重ね合わせると、イメージとは違って、それ相応にAORシーンに影響を与えた人なのだ。
しかし70年代後半は再び下降気味に。Elektraへ移籍し、商業的にはともかく、程よく時代にマッチしたコンテンポラリーなポップ・アルバムを4枚出している。ジョージ・マーティン制作によるニューヨーク録音作『A SONG』は、ニューミュージック系大ヒットの引用元<Hot And Sultry Nights>入り。L.A.で録音された『IN THE POCKET』には、娘ダラとのデュエット<Should've Never Let You Go>が収録されている。この辺り、ずーっとCD化が遅れていたが、22年に『ALL YOU NEED IS THE MUSIC : The Elektra Years (1977-1981)』として2枚組にまとめられて復刻。しばらくファン・サイト限定の流通だったが、今ではサブスクでも聴けるようになった。
もっとも当ブログ的には、その後MCAで作った84年作『COME SEE AND ABOUT ME』に注目したいところ。業界有数の実績を持つヒットメイカーが往年のポップ・スタンダードをカヴァーするという、ちょっと噴飯モノの企画作なのだが、ダン・ハートマンのプロデュース/共同アレンジがイイ方に転んで、なかなか斬新な一枚になっていた。森口博子が歌ったガンダム主題歌<水の星へ愛をこめて> (85年) は、そのあとのこと。
もっと記憶に新しいのは、コロナ・パンデミックで世界中の人々がステイ・ホームを強いられていた時、いの一番に、自宅での弾き語りライヴを配信したこと。しかも次々に新しい映像をアップ。半ば現役引退したような80歳のお爺ちゃんが、あのロックダウンの苦境を、明るく元気に乗り切ろうとしている。それを見て、世界中の多くの音楽ファンたちが勇気づけられたはずだ。こういうタイミングでSNSに湧き上がってくるエセ・ファンには、いつも閉口してしまうけれど、彼ならきっと軽く笑い飛ばしてしまう気がするなぁ。
Rest in Peace...
70年代に入って逆に渡英し、デビュー前の10ccを従えてアルバム制作、復活の兆しを掴む。また全米リリースも途絶えがちだったことから、エルトン・ジョンが助け舟を出し、エルトンが新たに立ち上げたレーベル:Rocket と契約。直近の英国盤収録曲を再構成し、北米向けに『SEDAKA'S BACK』(74年)をリリースした。そこから全米No.1になったのが<Laughter in the Rain>である。更にこのアルバムには、キャプテン&テニールが全米トップに仕立てた<Love Will Keep Us Together>のオリジナルが入っているのも注目したいところ。ご存知の方も多いと思うが、ドゥービー・ブラザーズ<What A Fool Believes>のピアノ・リフはこの曲をヒントに生まれており、そうすると、AORシーンを華やかに彩ったヒット・パターンの元ネタは、実はニール・セダカだった、ということになる。娘デラ・セダカがデヴィッド・フォスター絡みでデビューしたり、アルバムを出していたことを重ね合わせると、イメージとは違って、それ相応にAORシーンに影響を与えた人なのだ。
しかし70年代後半は再び下降気味に。Elektraへ移籍し、商業的にはともかく、程よく時代にマッチしたコンテンポラリーなポップ・アルバムを4枚出している。ジョージ・マーティン制作によるニューヨーク録音作『A SONG』は、ニューミュージック系大ヒットの引用元<Hot And Sultry Nights>入り。L.A.で録音された『IN THE POCKET』には、娘ダラとのデュエット<Should've Never Let You Go>が収録されている。この辺り、ずーっとCD化が遅れていたが、22年に『ALL YOU NEED IS THE MUSIC : The Elektra Years (1977-1981)』として2枚組にまとめられて復刻。しばらくファン・サイト限定の流通だったが、今ではサブスクでも聴けるようになった。
もっとも当ブログ的には、その後MCAで作った84年作『COME SEE AND ABOUT ME』に注目したいところ。業界有数の実績を持つヒットメイカーが往年のポップ・スタンダードをカヴァーするという、ちょっと噴飯モノの企画作なのだが、ダン・ハートマンのプロデュース/共同アレンジがイイ方に転んで、なかなか斬新な一枚になっていた。森口博子が歌ったガンダム主題歌<水の星へ愛をこめて> (85年) は、そのあとのこと。
もっと記憶に新しいのは、コロナ・パンデミックで世界中の人々がステイ・ホームを強いられていた時、いの一番に、自宅での弾き語りライヴを配信したこと。しかも次々に新しい映像をアップ。半ば現役引退したような80歳のお爺ちゃんが、あのロックダウンの苦境を、明るく元気に乗り切ろうとしている。それを見て、世界中の多くの音楽ファンたちが勇気づけられたはずだ。こういうタイミングでSNSに湧き上がってくるエセ・ファンには、いつも閉口してしまうけれど、彼ならきっと軽く笑い飛ばしてしまう気がするなぁ。
Rest in Peace...








































