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72年に全米6位と大ヒットし、アイズレー・ブラザーズらのカヴァーでも知られる<Summer Breeze>を筆頭に、<Diamond Girl>や<Get Closer>などのトップ10ヒットを放ったソフト・ロック〜ポップ系デュオ、シールズ&クロフツ。その片割れのダッシュ・クロフツが、3月25日に亡くなった。訃報は当時のプロデューサー:ルイ・シェルトンによってもたらされた。心臓手術後の合併症が原因だったという。享年87。相方のジム・シールズは、22年に亡くなっている。

ダッシュ・クロフツことダレル・“ダッシュ”・クロフツは、1940年テキサス州シスコ生まれ。双子の兄妹として生まれたダッシュは、5歳でピアノを始め、10歳でドラムをプレイ。ハイスクール時代に参加したバンドで、当時サックスを吹いていたジム・シールズと出会い、卒業後に連れ立って南カリフォルニアへ。58年からは揃ってザ・チャンプスに在籍したが、ダッシュは62年から2年間、徴兵でグループを離れていた。

69年になると、揃ってギターを抱えてシールズ&クロフツとしてデビュー。ダッシュはマンドリン、ジムはヴァイオリンも演奏するなど、表現方法を広げていった。70年代になると、レコーディング・メンバーだったルイ・シェルトンがアレンジやプロデューサーを兼任するようになり、ヒットを連発。83年のコンビ解消までにリリースしたオリジナル・アルバムは、全部で11枚に及ぶ。

彼らの活動の背景には、全人類は平等でひとつの国家として平和を目指すべき、という概念のバハイ教があり、発祥の地:19世紀ペルシャを髣髴させるアコースティックな中近東フレイヴァーをサウンドに投影させたのが特徴的だった。そしてそのユニークなサウンドの構築に貢献したのが、西海岸の若手セッション・ミュージシャンたち。中でもデヴィッド・ペイチやポーカロ・ファミリーの起用は、73〜74年とかなり早く、スティーリー・ダンやソニー&シェールに並ぶ。これは、レッキング・クルーにも名を連ねるシェルトンが、彼らの親父であるジョー・ポーカロやマーティ・ペイチと付き合いがあったのが理由と思われるが、まだ駆け出しだった彼らに現場経験の機会を与えた意味で、とても重要だ。それがあったからこそ、ボズ・スキャッグス『SILK DEGREES』のセッションが上手くいった、とも考えられるからだ。近年までそういう指摘はほとんどなかったけれど、TOTOの音楽的ルーツを探る時には無視できないデュオだった。

ちなみに、シールズ&クロフツ解散後の98年、ダッシュはソロ・アルバム『TODAY』を発表。04年のデュオ再結成盤『TRACE』は、セルフ・カヴァー+新曲で構成されていた。

Rest in Peace...

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