








午前中に速報を入れたように、ギタリスト/シンガー・ソングライターとして長く活躍してきたデイヴ・メイスンが、19日、ネバダ州ガードナーヴィルの自宅で急逝した。現時点で死因は明らかにされていないが、夕食後に居眠りをしていて、そのまま安からに息を引き取ったという。メイスンは2024年9月に深刻な心臓疾患が見つかり、その後のツアーをすべてキャンセル。翌25年3月には急性の感染症に罹患して入院。そして同年秋には、健康上のトラブルが続いているため、ツアーからの引退を発表していた。享年79。
メイスンは1946年、英国ウスター生まれ。天才と謳われたスティーヴ・ウィンウッド率いるトラフィックの結成に参加し、両人の確執からグループの出入りを繰り返しつつ、2枚のアルバムを発表した。脱退後の70年に『ALONE TOGETHER』でソロ・デビュー。これは後にスワンプ・ロックの名盤として広く知られるようになる。その後、ママ・キャスやジョージ・ハリスン、デラニー&ボニーらと交流。エリック・クラプトンからはデレク&ザ・ドミノスの結成メンバーに迎えられたが、レコーディング・セッションが始まる前に離脱している。ソロ活動が安定してくるのは、73年に米コロムビアと契約してからで、『DAVE MASON』『SPLIT COCONUT』『CERTIFIED LIVE(情念)』『LET IT FLOW(流れるままに)』と好アルバムを連発。77年の<We Just Disagree>は、全米12位とキャリア最大のヒットになった。また78年に開催された『CALIFORNIA JAM 2』に出演し、エアロスミスやサンタナ、ハートらと共演。80年作『OLD CREAST ON A NEW WAVE』では、マイケル・ジャクソンのゲスト参加が話題になった。
その後、表舞台に登場する機会が減っていたが、95年になって、突如フリートウッド・マックに加入。アルバム『TIME』とそのツアーに参加している。当時のマックは、看板だったスティーヴィー・ニックスやリンジー・バッキンガムが不在の時期で、その代役的に、短い間ながらもその屋台骨を支える貢献を果たした。04年、トラフィックとしてロックの殿堂入り。…とはいえ、この訃報に際して、音楽メディアの多くが、“元トラフィックの…” という見出しを掲げているコトには、かなり激しく違和感を覚えている。今となっては、知る人ぞ知る・知らない人は全然知らない、60年代の地味な実力派バンドの名前を掲げる必要なんてナイだろうに…。メイスンに思い入れを持つロック・ファンは、もうあらかた60歳代だと思うけど、その人たちだって、オンタイムで聴き込んでいたのは70年代のソロ期の筈だ。
かく言う自分も、初めて聴いたのは、74年の『DAVE MASON』とか75年の『SPLIT COCONUT』で。一番愛聴したのは、2枚組ライヴの『情念』。『LET IT FLOW』発表後の初来日は観てないが、その時のインタビューで、「人生において、流れるままに、は良いけれど、流されてしまってはイケないな」と話していたのが印象的で。その言葉は、今も自分の心に深く刻まれている。
2011年の来日公演が素晴らしかったので、もう一度見たいと思っていたところでツアー引退、そして今日の訃報。あぁ、心が疼くわ….
Rest in Peace....
その後、表舞台に登場する機会が減っていたが、95年になって、突如フリートウッド・マックに加入。アルバム『TIME』とそのツアーに参加している。当時のマックは、看板だったスティーヴィー・ニックスやリンジー・バッキンガムが不在の時期で、その代役的に、短い間ながらもその屋台骨を支える貢献を果たした。04年、トラフィックとしてロックの殿堂入り。…とはいえ、この訃報に際して、音楽メディアの多くが、“元トラフィックの…” という見出しを掲げているコトには、かなり激しく違和感を覚えている。今となっては、知る人ぞ知る・知らない人は全然知らない、60年代の地味な実力派バンドの名前を掲げる必要なんてナイだろうに…。メイスンに思い入れを持つロック・ファンは、もうあらかた60歳代だと思うけど、その人たちだって、オンタイムで聴き込んでいたのは70年代のソロ期の筈だ。
かく言う自分も、初めて聴いたのは、74年の『DAVE MASON』とか75年の『SPLIT COCONUT』で。一番愛聴したのは、2枚組ライヴの『情念』。『LET IT FLOW』発表後の初来日は観てないが、その時のインタビューで、「人生において、流れるままに、は良いけれど、流されてしまってはイケないな」と話していたのが印象的で。その言葉は、今も自分の心に深く刻まれている。
2011年の来日公演が素晴らしかったので、もう一度見たいと思っていたところでツアー引退、そして今日の訃報。あぁ、心が疼くわ….

Rest in Peace....



































そう言えば、後藤次利のベース教則レコード(※CD化もされました。楽譜も出ていました。)で、「Split Coconut」もインストバージョンでカバーしていましたね!
B面が、ベースマイナスワンになっていました。ベース以外の楽器は全部ダブルで、メンバーが非常に豪華でした!