








自分のわずか数日間の入院中にも、フュージョン系kyd奏者ロドニー・フランクリンの訃報が舞い込んできたが、今度はこの人、セッション・シンガーのジム・ギルストラップが天に召した。18日L.A.で自然死だったらしい。享年79。
知る人ぞ知る存在のジム・ギルストラップだけれど、彼の歌声は誰もが知っている。スティーヴィー・ワンダーの人気曲<You Are The Sunshine Of My Life>で、最初の歌い出しを担当しているのが彼。しかもこの曲、72年の大ヒット・アルバム『TALKING BOOK』の冒頭を飾っている。続いて登場するのが女性シンガーのラニ・グローヴス。Bメロに入って、ようやくスティーヴィーが登場する。それくらい信頼度の高い実力派、というコトだ。
ジム・ギルストラップこと、ジェームス・アール・ギルストラップは、1946年テキサス州デインジャーフィールド生まれ。ハイスクール時代のシンガー仲間オギー・ジョンソンらと共に、サイド・エフェクトを結成した。兵役を経て音楽活動を本格化させ、スティーヴィーのバンド:ワンダーラヴのシンガーに抜擢。しばし活動を共にしたあと独立し、オギーと共にサイド・エフェクトとしてカナダのレーベルと契約。73年に『EFFECTIVE』を発表している。ココでジムはヴォーカルのみならず、メイン・ソングライターとして活躍したが、ヒットには至らず。結局ジムは独立し、L.A.でソロ・シンガーの道を模索。75年にチェルシー・レコードと契約し、ケニー・ノーラン楽曲<Swing Your Daddy>が全英4位のヒット、米国でもR&Bチャートのトップ10入りを果たした。そしてこの楽曲をフィーチャーしたアルバム『SWING YOUR BODY』、翌76年に『LOVE TALK』をリリース。だがソロ・シンガーとしての実績は、残念ながらその2枚に止まっている。
しかしながら、黒人シンガーには珍しく譜面に明るかったため、スタジオ・シンガーとして大変重宝され、クインシー・ジョーンズに気に入られたのを筆頭に、マーサ・リーヴス、ケニー・ランキン、ボス・スキャッグス、バーブラ・ストライサンド、ウェザー・リポート、リンゴ・スター、ナンシー・ウィルソン、エルキー・ブルックス、ロバータ・フラックなど、幅広いアーティストのレコーディングに貢献する。日本人アーティストのアルバム参加も多く、その皮切りが高中正義だったりした。ウォーターズ周辺とのワークスも多く、クレジット買いするAORフリークには、多少知られた存在だったと思う。
Rest in Peace...
ジム・ギルストラップこと、ジェームス・アール・ギルストラップは、1946年テキサス州デインジャーフィールド生まれ。ハイスクール時代のシンガー仲間オギー・ジョンソンらと共に、サイド・エフェクトを結成した。兵役を経て音楽活動を本格化させ、スティーヴィーのバンド:ワンダーラヴのシンガーに抜擢。しばし活動を共にしたあと独立し、オギーと共にサイド・エフェクトとしてカナダのレーベルと契約。73年に『EFFECTIVE』を発表している。ココでジムはヴォーカルのみならず、メイン・ソングライターとして活躍したが、ヒットには至らず。結局ジムは独立し、L.A.でソロ・シンガーの道を模索。75年にチェルシー・レコードと契約し、ケニー・ノーラン楽曲<Swing Your Daddy>が全英4位のヒット、米国でもR&Bチャートのトップ10入りを果たした。そしてこの楽曲をフィーチャーしたアルバム『SWING YOUR BODY』、翌76年に『LOVE TALK』をリリース。だがソロ・シンガーとしての実績は、残念ながらその2枚に止まっている。
しかしながら、黒人シンガーには珍しく譜面に明るかったため、スタジオ・シンガーとして大変重宝され、クインシー・ジョーンズに気に入られたのを筆頭に、マーサ・リーヴス、ケニー・ランキン、ボス・スキャッグス、バーブラ・ストライサンド、ウェザー・リポート、リンゴ・スター、ナンシー・ウィルソン、エルキー・ブルックス、ロバータ・フラックなど、幅広いアーティストのレコーディングに貢献する。日本人アーティストのアルバム参加も多く、その皮切りが高中正義だったりした。ウォーターズ周辺とのワークスも多く、クレジット買いするAORフリークには、多少知られた存在だったと思う。
Rest in Peace...







































彼のアルバムほとんど持ってて、かなりのファンだったのですが..."Love Dancin'"は名盤でしたねえ...